人工授精と体外受精は不妊治療の異なる治療法であり、適応となるケースに違いがあります。また、通院回数やかかる費用、身体的負担などにも違いがあり、それぞれに特徴があります。この記事では人工授精と体外受精の違いについて、メリットやデメリットも含めて解説します。
人工授精(AIH)と体外受精(c-IVF)の違い
人工授精(AIH)と体外受精(c-IVF)の主な違いは以下のとおりです。
ここからは人工授精と体外受精に分けて、それぞれの特徴や妊娠率、治療の費用・流れについて解説していきます。
人工授精の特徴
人工授精は、排卵の時期に合わせて採取した精液から運動性の高い精子だけを選別・濃縮し、細いカテーテルを用いて子宮内に直接注入します。これにより、精子と卵子が出会うまでの距離を短縮し、受精の確率を高めることを目指します。
不妊治療のステップの中で、一般的にはタイミング療法の次に行われることが多い方法です。タイミング療法で妊娠に至らない場合のほか、排卵障害や性交障害といった不妊原因がある場合にも実施されます。
人工授精の妊娠率
人工授精の妊娠率については、日本産婦人科医会で以下のような数値をホームページで公開しています1)。
人工授精は体外受精に比べると、身体的・経済的な負担が少ないため、まず試みられることが多い治療です。しかし、治療が5〜6回を超えると妊娠率がほぼ横ばいになり、若年女性でも追加妊娠率は3〜5%程度です。
人工授精の実施回数は3〜6回を上限とするのが一般的で、それ以降は次の治療のステップ(体外受精など)を検討します。
人工授精の費用の目安と保険適用
人工授精は、妊娠を希望するカップルが医師から十分な説明を受け、治療方針に同意した場合に保険適用となります。人工授精そのものの費用は、健康保険で定められた診療報酬が2025年時点で1,820点(自己負担3割の場合5,460円)、そのほかに一般不妊治療管理料(3か月ごと)や診察料などがかかります。
1周期あたりでは、人工授精の当日までに月経期や卵胞期の診察で数回来院し、診察や各種検査、薬の処方などを行います。使用する薬や検査の内容によっても異なりますが、1周期あたりの合計は、保険適用でおおよそ10,000〜20,000円くらいの費用がかかることになります。
人工授精の治療の流れ
人工授精は、1周期の中で複数回通院しながら進めていきます。一般的な流れは次のとおりです。
人工授精のスケジュールの詳細は以下のページで解説しているので、あわせて参考にしてください。
関連ページ:人工授精
人工授精のメリット
人工授精のメリットは、採卵や受精卵の培養といった処置は行わないため、体外受精に比べて身体的・経済的な負担が比較的少ないことがあげられます。一般の婦人科など不妊治療を提供している医療機関であれば、実施できる施設も多いという特徴があります。
また、経済的な面では体外受精と比較してかかる費用が少ない点もメリットといえます。
人工授精のデメリット
人工授精のデメリットとして、自然妊娠と比べて妊娠率が大きく上昇するわけではない点が挙げられます。
前述のとおり、人工授精1周期あたりの妊娠率は約5〜10%とされています。そのため、一度の治療で妊娠に至る方は限られており、複数回の治療を要することは少なくなく、結果として妊娠に至らない場合もあります。
体外受精(IVF)の特徴
体外受精は、タイミング法や人工授精で妊娠に至らなかった場合や、卵管因子・高度な男性不妊など特定の不妊原因がある場合に選択される治療です。
体外受精は、卵子と精子をそれぞれ採取し、体外で受精させたうえで培養を行い、発育した受精卵を子宮に戻すことで妊娠を目指します。
体外受精の妊娠率
日本産科婦人科学会が公表している2023年の体外受精・胚移植等の臨床実施成績は以下のとおりです2)。
体外受精の費用の目安と保険適用
人工授精と同様に、体外受精においても妊娠を希望するカップルが医師から十分な説明を受け、治療方針に同意した場合に保険適用となります。
人工授精と異なる点として、保険診療での体外受精には年齢と回数に制限があります3)。
体外受精そのものの費用は、健康保険で定められた診療報酬が2025年時点で3,200点(自己負担3割の場合9,600円)となりますが、これに加えて卵子を取り出すための採卵や、受精卵を子宮に戻す胚移植といった主要な手技の費用が別途必要です。さらに、排卵誘発のための注射や内服薬、培養や凍結保存の有無など、治療内容に応じて追加の費用がかかります。1回あたりの総額は、治療内容によっても大きく変わりますが、100,000円以下〜200,000円程度が目安となります。
体外受精の治療の流れ
体外受精は、排卵のコントロールや採卵のために複数回の通院が必要です。一般的な流れは以下のとおりです。
体外受精のスケジュールの詳細は以下のページで解説しているので、あわせて参考にしてください。
関連ページ:体外受精
体外受精のメリット
体外受精のメリットとして、人工授精に比べて妊娠率が高い傾向にある点があげられます。体外受精では卵子と精子を体外で直接受精させ、良好な胚を選んで子宮へ戻すため、より効率的に妊娠につながる可能性があります。
前述のとおり、人工授精の1周期あたりの妊娠率は約5〜10%とされています。一方で、体外受精は25〜29歳で29.4%、30〜34歳で29.0%、35〜39歳で23.6%、40〜44歳で12.4%という結果が公表されています2)。
ほかにも、人工授精では難しい不妊因子があっても妊娠できる可能性があることも体外受精のメリットです。卵管の機能低下や閉塞があると人工授精での妊娠が難しい場合がありますが、体外受精では卵管を介さずに受精を行えるため妊娠の可能性が広がります。
体外受精のデメリット
体外受精には、人工授精と比較して以下のような点がデメリットになり得ます。
- 通院の回数が増え、費用は高額になる
- 採卵による出血や麻酔による合併症のリスクがある
- 異所性妊娠のリスクがある
費用に関しては前述のとおり、人工授精の10,000〜20,000円に対して、体外受精では100,000円以下〜200,000円が目安となるため、保険適用でも大きな差があります。
また、採卵の処置が体外受精には必要となり、当日の身体的な負担がやや大きくなります。出血や麻酔による合併症のリスクもゼロではありません。
そのほか、体外受精では異所性妊娠のリスクもやや高くなることが知られています。異所性妊娠とは卵管などの通常とは異なる部位に受精卵が着床することです。このようなリスクから安全に治療を実施するために、医師としっかり相談しながら進めることが重要となります。
体外受精のデメリットについては、以下の記事でも詳しく解説しているのであわせて参考にしてください。
関連記事:体外受精のデメリット・リスクは?メリットや費用、クリニックの選び方も紹介
人工授精と体外受精に関するよくある質問
人工授精や体外受精についてよくある質問について回答していきます。
Q. 人工授精と体外受精はどっちが先?不妊治療のステップ
不妊治療の一般的なステップは、タイミング療法から始まり、妊娠に至らない場合は人工授精、それでも妊娠に至らない場合は体外受精や顕微授精という順番になります。実際の治療では個々の状態に応じて選択されるため、人工授精を経ずに早い段階から体外受精を提案される場合もあります。
たとえば、人工授精での妊娠が期待できない両側卵管閉塞がある場合や、乏精子症などの男性不妊症がある場合、年齢などを考慮の上で、体外受精に移行するケースなどがあります。
医学的な状況だけでなく、家庭の状況なども含めて治療方針を決めていくことになるため、医師としっかりとコミュニケーションを取るようにしましょう。
不妊治療のステップアップについては以下の記事でも解説しているので、あわせて参考にしてください。
Q. 人工授精と体外受精はどちらがいいのですか?
人工授精と体外受精のどちらが適しているかは、年齢や不妊の原因、治療歴などによって異なります。
卵管の障害や精子数の大幅な減少がある場合は体外受精が優先されますが、原因が軽度であれば人工授精から始めるのが一般的です。
体外受精は人工授精よりも高い妊娠率の報告がある一方で、費用や通院負担が大きく、保険適用にも年齢や回数の制限があります。費用面や家庭の状況を含め、医師やパートナーと相談しながら決めていくことが重要です。
おわりに
参考文献
1)公益社団法人日本産婦人科医会. (10)人工授精. 日本産婦人科医会ウェブサイト
https://www.jaog.or.jp/lecture/10人工授精/
2)日本産科婦人科学会. 体外受精・胚移植等の臨床実施成績. 日本産科婦人科学会ウェブサイト
https://www.jsog.or.jp/activity/art/2023_JSOG-ART.pdf
3)厚生労働省. 不妊治療保険適用リーフレット. こども家庭庁ウェブサイト
https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/bef0ee9a-c14d-4203-b02b-051adf80f495/cf3a6623/20230401_policies_boshihoken_funin_01.pdf