「顕微授精(ICSI)を選ぶと、赤ちゃんの染色体異常が増えるのではないか」と不安に感じる方は少なくありません。
このコラムでは、同じ方の卵子を「通常の体外受精(IVF)」と「顕微授精(ICSI)」に分けて受精させ、できた胚の染色体を比較した研究(De Munck et al., PLOS ONE, 2022)をもとに、① ICSIが胚の染色体異常に与える影響、② ICSIと発達障害との関連についての見解をご紹介します。結論からお伝えすると、染色体が正常な胚(正倍数胚)の割合はIVFで49.2%、ICSIで48.3%とほぼ同じで、統計学的にも有意な差は認められませんでした。
なぜこの研究が行われたのか
顕微授精(ICSI)は、細いガラス針で精子を1個だけ卵子に直接注入し授精させる方法です。もともとは、精子の数や運動率が低いなど「精子側に原因がある不妊」のために開発された技術です。
一方で、「自然な受精では起こるはずの精子の選別を飛ばしてしまうICSIは、染色体異常を増やすのではないか」と心配される声があります。実際、過去には「ICSIで生まれたお子さんに染色体や先天的な異常がやや多い」とする報告もありました。ただし、こうした報告には注意が必要です。ICSIを受けるカップルは、もともと精子側などに不妊の原因を抱えていることが多く、見られた差が「ICSIという手技のせい」なのか「もともとの体質・原因のせい」なのかを区別しにくいのです(これを交絡といいます)。
そこで、この区別をはっきりさせるために行われたのが、今回ご紹介する研究です。「精子側に問題のないカップル」で、しかも「同じ方の卵子を2つの方法に分ける」という工夫により、受精方法そのものの影響だけを取り出して検討しました。
どんな研究だったか
アラブ首長国連邦の不妊治療クリニックで行われた、ランダム化比較試験です。対象は、男性側に不妊原因のない(精液所見が正常な)30組のカップルで、女性の年齢は18〜40歳(平均およそ30歳)でした。
採れた合計568個の卵子(同じ方からの「きょうだい卵子」)を、半分は「ふつうの体外受精」、もう半分は「顕微授精(ICSI)」へとランダムに割り付けました。すべての胚を、培養器の中のカメラで連続的に撮影するタイムラプスという仕組みで観察し、胚盤胞まで育った胚については、着床前の染色体検査(PGT-A:染色体の「数」が正常かどうかを調べる検査)を行いました。
ここで大切なのが、「同じ方の卵子を分ける」という設計です。同じお母さんの卵子を2つの方法に分ければ、年齢・体質・卵子の質といった「ご本人側の要因」をそろえた状態で、受精方法だけの違いを見極められます。以前のコラムでも取り上げたデンマークの大規模研究で使われた「きょうだい比較」と同じ発想で、方法そのものの影響を取り出すのに優れた方法です。
わかったこと
1. 染色体が正常な胚の割合は、ほぼ同じだった
胚盤胞まで育って染色体検査を受けた胚のうち、染色体が正常(正倍数性)だった割合は、ふつうの体外受精で49.2%、顕微授精で48.3%でした。統計的に意味のある差はありませんでした(p = 0.808、下図)。1人あたりの正常な胚の数でみても、2.0個 対 1.9個(いずれも標準偏差を含めて大きく重なる範囲)で、やはり差はありませんでした。

2. 受精から胚盤胞までの育ち方も、差がなかった
卵子が正常に受精した割合も、胚盤胞まで育った割合(65.6% 対 61.1%)も、2つの方法で差はありませんでした。受精方法によって、胚の育ち具合が変わるわけではありませんでした。
3. 発育のタイミングにはわずかな違いがあったが、染色体とは無関係
胚が育つ「スピード」には、数時間レベルの細かな違いが見られました(顕微授精では最初の細胞分裂がやや早く、ふつうの体外受精では胚盤胞への到達がやや早い、など)。しかし、これは育つ時間の差であって、最終的に染色体が正常か異常かには関係していませんでした。
4. 発育の速さからも、受精方法からも、染色体異常は予測できなかった
研究では、胚の発育のタイミングから染色体異常を予測できるかも調べましたが、胚の発育のタイミングと染色体異常に関連は見出されませんでした。そして、染色体が正常か異常かは、受精方法(体外受精か顕微授精か)によって変わりませんでした。研究チームは、過去の複数の研究でも同じく「受精方法は染色体の結果に影響しない」と報告されている、と述べています。
この結果をどう受け止めるか
この研究の大きな強みは、「同じ方の卵子を分けて比べた」点にあります。ご本人側の要因をそろえているため、見られた(あるいは見られなかった)差を、純粋に受精方法の違いとして解釈しやすくなっています。
一方で、いくつか注意点もあります。
• 比較的小規模な研究(30組)であること。
• 対象が限られた集団(男性不妊のない、精液所見が正常な、40歳以下の、特定地域のカップル)であり、すべての方にそのまま当てはまるとは限らないこと。
• 調べたのは胚の段階での染色体の「数」の異常(PGT-A)であり、生まれてくるお子さんのすべての健康・発達を調べたものではないこと。
なお、「染色体が正常な胚が約半分」という数字に驚かれるかもしれませんが、胚の染色体異常は決して珍しいものではなく、その多くは卵子側の要因(とくに年齢)を反映した自然な現象です。この研究が伝えているのは、染色体異常の割合が「受精方法によっては変わらなかった」という点です。
この研究だけではなく複数の研究(参考文献2,3) でも「ICSIと染色体異常に関連はない」という結果が報告されており、少なくとも「ICSIという受精方法そのものが胚の染色体異常を増やす」という心配を裏づける結果はありませんでした。
当院の考え方
顕微授精(ICSI)は、精子の数や運動率が低いなど、精子側に原因がある場合にとても有効で、必要な治療法です。一方で、精子側に問題がない場合には、ふつうの体外受精でも十分な成績が得られることも多いです。
大切なのは、「受精方法をどちらにするか」そのものが、胚の染色体異常を増やすわけではない、と分かってきていることです。受精方法は、精子の状態やこれまでの治療経過などをふまえて、お一人おひとりに合わせて選んでいきます。染色体や赤ちゃんの健康について不安な点があれば、それはとても自然なお気持ちです。どうぞ遠慮なく診察の際にお聞かせください。
おわりに
出典・参考文献
- De Munck, N., Bayram, A., Elkhatib, I., Abdala, A., El-Damen, A., Arnanz, A., Melado, L., Lawrenz, B., & Fatemi, H. M. (2022). Marginal differences in preimplantation morphokinetics between conventional IVF and ICSI in patients with preimplantation genetic testing for aneuploidy (PGT-A): A sibling oocyte study. PloS one, 17(4), e0267241. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0267241
- Kim, J. W., Lee, S. Y., Hur, C. Y., Lim, J. H., & Park, C. K. (2023). Comparison of clinical and preimplantation genetic testing for aneuploidy outcomes between in vitro fertilization and intracytoplasmic sperm injection in sibling mature oocytes from high-risk patients: A retrospective study. The journal of obstetrics and gynaecology research, 49(9), 2343–2350. https://doi.org/10.1111/jog.15731
- Zhang, S., Xie, P., Lan, F., Yao, Y., Ma, S., Hu, L., Tan, Y., Jiang, B., Wan, A., Zhao, D., Gong, F., Lu, S., & Lin, G. (2023). Conventional IVF is feasible in preimplantation genetic testing for aneuploidy. Journal of assisted reproduction and genetics, 40(10), 2333–2342. https://doi.org/10.1007/s10815-023-02916-7
文責
小林 睦(torch clinic 常勤医師/医学博士・日本産科婦人科学会専門医)
※ 本記事は2026年6月時点の情報に基づいて作成しています。