顕微授精(ICSI)で生まれた子と発達障害との関係性─異なる結果の2つの論文を確かめて読み解く

小林 睦
小林 睦 医師
医師 婦人科 生殖医療科 医師
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torch clinic医師

顕微授精(ICSI)で授かったお子さんについて、「自閉症/自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorder: ASD)になりやすいのではないか」と心配される方は少なくありません。実際、「ICSIで自閉症がやや多かった」と報告した研究があります。しかしながら、より新しく大規模な研究では、顕微授精を含む不妊治療そのものがASDのリスクを高めるという結果は示されていません。この記事では、まず心配のもとになった研究を取り上げ、その限界を確かめたうえで、より確かな大規模研究と照らし合わせ、いま分かっていることを誠実に整理します。

研究の前提 -なぜこの研究が行われたのか-

自閉スペクトラム症(ASD)の背景には、遺伝的な要因と環境的な要因の両方が関係すると考えられています。症状は早ければ生後18か月ごろから現れることがあるため、妊娠・出産の前後の要因が注目されてきました。

不妊は6組に1組のカップルが経験するとされ、世界ではこれまでに約1,000万人のお子さんが不妊治療を経て生まれています。一方で、治療で生まれたお子さんのASDについては、これまでの研究結果が一致していませんでした。とくに顕微授精(ICSI)については、「関連がある」とする報告と「関連はない」とする報告が入り混じり、心配の種になってきました。

そこでまずは、ICSIとASDの関連を指摘して心配のもとになった研究から取り上げ、その内容と限界を確かめることから始めましょう。

研究① ICSIと自閉症の関連を指摘した研究(アメリカ・約4万2千人)

アメリカ・カリフォルニア州で1997〜2006年に不妊治療で生まれた約4万2千人のお子さんを、5歳まで追跡した研究です(Human Reproduction, 2015)。

この研究のポイントは「比べ方」です。自然妊娠と比べるのではなく、不妊治療で生まれた子どうしのなかで、ICSIを使った子と通常の体外受精(IVF)の子を比べています。

結果はこうでした。自閉症と診断された割合は、単胎(ひとり)ではICSI 0.9%・通常のIVF 0.6%、多胎(双子以上)ではICSI 1.4%・通常のIVF 0.9%。年齢や出生体重などを調整したうえで、ICSIのほうが単胎で約1.65倍、多胎で約1.71倍多い、という関連が示されました。なお、自閉症の重症度についてはICSIの有無で差はありませんでした。

「ICSIで約1.65倍」と聞くと不安になるかもしれません。ただし、この研究にはあとで述べる重要な限界がいくつもあり、そのまま「ICSIが自閉症を引き起こす」と読むことはできません。では、より新しく大規模な研究では、どうだったのでしょうか。

研究② より新しく大規模な研究では?(カナダ・約137万人)

カナダ・オンタリオ州で2006〜2018年に生まれた約137万人のお子さんを対象とした、登録データに基づく研究です(JAMA Network Open, 2023)。この研究の強みは、①治療そのものの影響なのか、②「不妊という背景そのもの」の影響なのか、③多胎・早産といった出産時の要因の影響なのかを、丁寧に切り分けた点にあります。お子さんは妊娠のしかたで4つのグループに分けられました。

● 自然妊娠:1,185,024人(86.5%)

● 不妊はあるが治療を受けていない(潜在的な不妊):141,180人(10.3%)

● 排卵誘発・人工授精:20,429人(1.5%)

● 体外受精・顕微授精(IVF・ICSI):23,519人(1.7%)

お子さんは生後18か月の時点から平均8年あまり追跡されました。工夫は2つ。ひとつは、治療グループを「自然妊娠」だけでなく「不妊はあるが治療していない方」とも比べたこと。もうひとつは、見られた差が多胎や早産などの出産時の要因でどれくらい説明できるかを計算で分解したことです。

1. 自然妊娠と比べると、ごくわずかな差はあった

ASDと診断されたお子さんの割合は、全体で1.6%でした。グループ別では、自然妊娠で約1.6%、不妊・治療なしで約2.0%、排卵誘発・人工授精で約2.0%、体外受精・顕微授精で約1.9%。自然妊娠と比べた統計上の差(調整後ハザード比)は、不妊・治療なしで1.20倍、排卵誘発・人工授精で1.21倍、体外受精・顕微授精で1.16倍と、いずれもごくわずかに高い程度でした(差は0.3〜0.4ポイントほど)。

2. 「不妊だが治療していない方」と比べると、治療による上乗せはなかった

最も重要な点です。比べる相手を「自然妊娠」ではなく「不妊はあるが治療を受けていない方」に変えると、排卵誘発・人工授精は1.02倍、体外受精・顕微授精は0.94倍と、はっきりした差は認められませんでした。①のわずかな差は「治療を受けたこと」ではなく、その手前にある「不妊という背景そのもの」で説明される可能性が高い、ということです。

3. 顕微授精(ICSI)は、体外受精(IVF)と差がなかった

先ほどのアメリカの研究とは対照的に、顕微授精を体外受精と直接比べても1.05倍で、差は認められませんでした。

4. わずかな差の多くは「多胎」などで説明できた

自然妊娠と比べたわずかな差を要因ごとに分解すると、体外受精・顕微授精では、多胎(双子以上)が約78%、早産が約50%、帝王切開が約29%、重度の新生児合併症が約25%を占めていました。実際、単胎(ひとり)のお子さんだけに限ると、体外受精・顕微授精と自然妊娠の差はほぼ消えました(1.03倍)。

この結果をどう受け止めるか

2つの研究は、一見食い違って見えます。ここで、はじめのアメリカの研究(ICSIで約1.65倍)を、なぜそのまま受け取れないのかを整理します。まず、これは観察研究であり、因果関係を証明するものではありません。ICSIを選ぶ背景には通常のIVFとは異なる患者さんの事情があり、その違い(=交絡)を完全には取り除けていない可能性があります。

さらに、データの連結が完全ではなく(連結率86〜90%)、自閉症の把握には、比較的症状のはっきりしたお子さんが中心に登録される制度上のデータを用いているため、診断が拾いきれていない可能性があります。胚の質の情報がないこと、多くのモデルや比較を行っているため一部は偶然の可能性があること、ICSIの結果は「新鮮胚移植」に限って言えることも限界です。

そしてもう一つ大切なのは、この研究のデータが1997〜2006年と古い点です。当時のアメリカのやり方は、多胎や、一度に多くの胚を戻す移植が多いなど、現在の日本の実践(単一胚移植が中心)とは大きく異なります。加えて、方向性の異なる研究が複数あります。スウェーデンの研究は「ICSI×外科的な精子採取(男性因子の指標)」でリスク上昇を報告した一方、このアメリカの研究は逆に「男性因子なし」で関連が強く、両者は食い違っています。デンマークの研究ではICSIの影響は見られず、そして先ほどの、より新しく大規模なカナダの研究でもICSIとIVFに差はありませんでした。

これらを合わせると、現時点で最も確からしい姿は、「顕微授精そのものがお子さんの発達に明らかな悪影響を及ぼす、という強い根拠はない」というものです。一方で「絶対に影響がないと言い切れる」わけでもありません。だからこそ顕微授精は、適応(男性側の不妊や受精のしにくさなど)に応じて選ぶことが大切です。過度に恐れる必要も、過度に安心しきる必要もない──これが誠実なまとめです。

当院の考え方

私たちがこの2つの研究からお伝えしたい最も大切なメッセージは、不妊治療や顕微授精そのものが、お子さんの発達に悪影響を及ぼすことを過度に恐れる必要はない、ということです。見られたわずかな差の多くは、治療の手技ではなく、不妊という背景や、多胎・早産といった出産時の要因を介したものでした。

そして、このなかで私たちが実際に減らせる要因が「多胎」です。多胎は早産や合併症につながりやすく、カナダの研究でも差の大きな部分を占めていました。だからこそ、お母さんとお子さんの安全のために、多胎を避ける単一胚移植を基本とする考え方が大切になります。お子さんの発達への不安は、多くの親御さんが自然に抱くお気持ちです。気がかりな点は、どうぞ遠慮なく診察の際にお聞かせください。

おわりに

当院では、これから妊娠を考えている方や不妊治療を検討されている方に向けて、一人ひとりの状況に合わせたご相談・診療を行っています。ご夫婦だけでは判断しきれない、ご自身やご家族の具体的な不安についても、診察の際にていねいにご説明させていただきます。

出典・参考文献

  1. Kissin DM, Zhang Y, Boulet SL, Fountain C, Bearman P, Schieve L, Yeargin-Allsopp M, Jamieson DJ. Association of assisted reproductive technology (ART) treatment and parental infertility diagnosis with autism in ART-conceived children. Hum Reprod. 2015;30(2):454-465. doi:10.1093/humrep/deu338
  2. Velez MP, Dayan N, Shellenberger J, Pudwell J, Kapoor D, Vigod SN, Ray JG. Infertility and Risk of Autism Spectrum Disorder in Children. JAMA Netw Open. 2023;6(11):e2343954. doi:10.1001/jamanetworkopen.2023.43954

文責

小林 睦(torch clinic 常勤医師)