風疹は「排除」された-それでも、妊娠前のワクチンが大切な理由-

市山 卓彦
市山 卓彦 医師
上野院 院長 婦人科 生殖医療科 医師
お二人の道のりが明るく照らされるよう「理解」と「納得」の上で選択いただく過程を大切にしています。エビデンスに基づいた高水準の医療提供により「幸せな家族計画の実現」をお手伝いさせていただきます。
医学博士、日本産科婦人科学会専門医、日本産科婦人科学会専門医指導医 / 臨床研修指導医
torch clinic医師

妊娠前に知っておきたい風疹のこと

2025年9月、日本は風疹が「排除」された状態にあるとWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局から認定されました。これは長年の対策が実を結んだ、大きな前進です。けれど「排除」は「根絶」とは違い、油断すればまた流行が戻ってきます。だからこそ、妊娠を考えるこの時期の抗体確認とワクチンは、今もとても大切です。この記事で、その理由をわかりやすくご説明します。

「排除」って、どういうこと?

2025年9月、日本は風疹の「排除(elimination)」状態にあるとWHOから認定されました。これは、適切な監視体制のもとで、日本に定着したウイルス(土着株)による感染が3年間以上確認されていないことを満たした場合に与えられる認定です。

ただ、ここで言葉の違いがとても大切です。「排除」は「根絶(eradication)」ではありません。根絶は、天然痘のようにウイルスが地球上から完全になくなった状態を指します。一方の排除は、「国内での土着ウイルスの広がりが止まっている」状態であって、海外にはまだ風疹ウイルスが存在し、人を介して国内に持ち込まれる可能性は残っています。つまり今の日本は、「流行を抑え込めているが、気をゆるめれば再び広がりうる」段階にあるのです。

前回のコラムでも取り上げましたが、2015年に日本で排除認定された麻疹も昨年から急速に感染例が報告されています。

なぜ風疹に注意が必要なのか

風疹は発熱・発疹・リンパ節の腫れを起こすウイルス感染症で、多くは比較的軽症です。ただ、ここに落とし穴があります。感染しても約半数の人には症状が出ず、本人も気づかないうちに周囲へうつしてしまうことがあります。

そして最も大切な点が、妊娠20週ごろまでに妊婦さんが感染すると、お腹の赤ちゃんに先天性風疹症候群(CRS)が起こる可能性が高まることです。代表的な症状は難聴・先天性の心臓の病気・白内障です。風疹にもCRSにも特効薬はなく、ワクチンで「かからないようにする」ことが何よりの対策になります。排除が認定された今も、この赤ちゃんへのリスクの重大さは変わりません。

日本で実際に何が起きてきたのか

風疹は2008年からすべての患者さんを届け出る感染症になり、流行の様子が数字で見えるようになりました。日本では2012〜2013年と2018〜2019年に、各年2,000例を超える大きな流行が2度起きています。流行に伴ってCRSも報告され、2012〜2014年に45例、2019〜2021年に6例が届け出られました。

その後、患者数は大きく減り、2020年に101例、2021年は12例、2022年は15例、2023年は12例、2024年は7例(暫定値)と低水準が続きました。この「土着株による感染が確認されない状態」が3年以上続いたことが、2025年の排除認定につながりました。ただし2025年も少数の報告は続いており、ゼロになったわけではありません。これは、海外から持ち込まれる例があることを示しています。

誰がかかっていたのか──免疫の「すき間」が残っている

2018〜2019年の流行では、患者さんの約95%が大人、約80%が男性で、最も多かったのは40代を中心とする男性でした。これは過去のワクチン制度と関係しています。日本の風疹ワクチンは1977年に女子中学生のみを対象に始まり、その後すべての子どもへと段階的に広がりました。その移り変わりの中で、1962〜1979年ごろに生まれた男性は接種機会がほとんどなく、免疫を持たない人がまとまって残ったのです。実際、流行年の患者さんは「接種歴なし」または「不明」が大半でした。

国はこの世代の男性を対象に、抗体検査を前提とした無料のMRワクチン接種(追加的対策・第5期)を実施してきました。この対策などにより排除認定に至りましたが、近年の研究では、免疫の「すき間」は中年男性だけでなく、若い女性にも残っている可能性が指摘されています。

ここで妊活中の女性に知っておいていただきたいのは、これは自分だけの問題ではないということです。免疫を持たない人が身近にいれば、家庭内へ風疹が持ち込まれる可能性があります。ご本人だけでなく、パートナーの抗体確認も大切です。

「排除」を守り続けるために──ワクチンを止めないこと

排除という状態は、一度認定されれば自動的に続くものではありません。多くの人がワクチンで免疫を持ち続けること(集団免疫)によって、はじめて維持できるものです。免疫を持つ人の割合が下がれば、海外から持ち込まれたウイルスが再び広がり、排除状態を失うこともあり得ます。厚生労働省も、排除状態を維持するために、引き続き定期予防接種などへの協力を呼びかけています。

妊娠を希望する方にとって、これは特に身近な話です。妊娠前にご自身とパートナーが免疫を持っておくことは、赤ちゃんを守ると同時に、社会全体で築いてきた「排除」を守り続けることにもつながります

ワクチン・抗体検査の費用助成を活用しましょう

CRSを防ぐため、全国の多くの自治体が、妊娠を希望する女性とそのご家族を対象に、風疹の抗体検査・予防接種の費用助成を行っています。抗体検査で「抗体が不十分」とわかった方が接種の助成を受けられる、という流れが一般的です。

ただし、この助成は国の一律制度ではなく、お住まいの自治体ごとに対象・条件・助成額が異なります。無料の自治体もあれば上限額を補助する自治体もあるため、まずは市区町村のホームページで「風しん 助成」を確認してみてください。

安全面で必ず知っておいていただきたい点があります。風疹ワクチンは生ワクチンのため、妊娠中・妊娠の可能性がある方は接種できず、接種後はおよそ2か月間、妊娠を避ける必要があります。だからこそ、妊娠する「前」のこの時期に済ませておくことに意味があります。

おわりに

風疹が「排除」された今は、これまでの対策が実を結んだ、喜ばしい節目です。同時にそれは、私たち一人ひとりがワクチンで免疫を保ち続けることで支えられている状態でもあります。ご自身とパートナーの抗体を確認し、必要ならワクチンを受けておくことが、お腹の赤ちゃんを守り、この成果を次の世代へつなぐ確実な一歩になります。

当院では、これから妊娠を考えている方に向けて、ブライダルチェックの中で風疹・麻疹の抗体価検査を行っています。妊娠前のこのタイミングで、ご自身の免疫の状態を知っておきましょう。お一人おひとりの状況に合わせたご相談・診療を行っていますので、気になる点があれば、どうぞお気軽にご相談ください。

出典・参考文献

  1. 大石和徳, 佐藤弘, 多屋馨子. 再度発生した風しんの国内流行の背景と公衆衛生対策. YAKUGAKU ZASSHI(薬学雑誌). 2020;140(7):901-904. doi:10.1248/yakushi.20-00001-1
  2. Yoshika M. Rubella immunization policy in Japan: Immunity gaps arising from program differences and inconsistent cutoff standards. Hum Vaccin Immunother. 2025;21(1):2587424. doi:10.1080/21645515.2025.2587424
  3. 国立健康危機管理研究機構(JIHS). IASR特集:風疹・先天性風疹症候群 2024年2月現在. IASR Vol.45 p51-52, 2024. https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/pathogens/vol45/530/530t.html

文責

小林 睦(torch clinic 常勤医師)

※ 本記事は2026年6月時点の情報に基づいて作成しています。最新情報は厚生労働省・国立健康危機管理研究機構などの公的機関の発表もあわせてご確認ください。