多嚢胞性卵巣症候群(PCOS:Polycystic Ovary Syndrome)は、月経不順や排卵障害、肥満、お腹が出る、といった症状を伴う疾患です。
この記事では、多嚢胞性卵巣症候群の原因や症状、検査・診断方法、妊娠の希望の有無に応じた治療法、放置によるリスクについて詳しく解説します。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、月経が不規則になる、排卵が起こりにくいなどの症状を伴う疾患です。卵巣の中に小さな袋状の構造(嚢胞)がたくさん並び、卵巣が少し大きく見えることから、この名前がつけられました。
生殖年齢の女性の約6〜8%に見られる疾患で、日本では以下の3つすべてを満たす場合に多嚢胞性卵巣症候群と診断されます1)。
- 月経周期異常
- 多嚢胞卵巣またはAMH高値
- アンドロゲン過剰症またはLH高値
※AMH:抗ミュラー管ホルモン、LH:黄体形成ホルモン
欧米では、肥満や多毛を伴う例が多く見られますが、日本では痩せ型で症状が目立ちにくいケースも少なくありません。排卵が起こりにくいため不妊症の原因となるだけでなく、将来的に生活習慣病のリスクが高まるともされています。
多嚢胞性卵巣症候群を発症する原因
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の主な原因は、卵巣内で男性ホルモンであるアンドロゲンが過剰に作られるためである、という説が有力です。この影響によって、排卵に必要な卵胞が十分に成熟せず、発育途上の小さな卵胞が多数残る状態になります。
また、アンドロゲンの過剰分泌により引き起こされる、黄体ホルモン(LH)の過剰分泌や、卵巣の反応が過敏になっていることも関係します。さらに、特定の遺伝子の関与や、胎児の頃の栄養状態なども発症に関わるとされ、原因はひとつに限られません2)。そのため、症状の程度やあらわれ方にも個人差があります。
多嚢胞性卵巣症候群の主な症状
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)では、月経不順や無排卵性月経などの月経異常がよく見られます。男性ホルモンの影響により、多毛やニキビ、頭頂部の脱毛といった皮膚症状が現れるケースもあります。
重症例では、低い声や筋肉の発達などの男性化徴候を伴う場合もありますが、日本人では比較的軽度です。
肥満を合併することもありますが、日本人では痩せ型のケースも多く、症状のあらわれ方には個人差があります。
多嚢胞性卵巣症候群で肥満(お腹が出る等)の症状があらわれる原因
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)では、お腹が出るような体型変化がみられることがあります。これは主に、インスリン抵抗性が関与しているためです3)。
インスリン抵抗性とは、血糖を下げるホルモンのインスリンが体内でうまく作用せず、より多くのインスリンが分泌される状態を指します。この過剰なインスリンは、脂肪の蓄積を促すとともに、脂肪の分解を抑える作用があり、特に内臓まわりに脂肪がつきやすくなります。
さらに、多嚢胞性卵巣症候群では男性ホルモン(アンドロゲン)の分泌が高くなる傾向があることから、脂肪の分布が男性型に近づき、体幹や腹部に脂肪が集中しやすくなるのです。
こうした要因が重なることで、体重はそれほど増えていなくても、お腹が出るといった見た目の変化が現れるケースがあります。
多嚢胞性卵巣症候群の検査・診断方法
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の診断には、問診・血液検査・超音波検査が行われます。
採血でホルモン値(LH、FSH、アンドロゲンなど)を測定し、超音波検査では卵巣内の小さな卵胞の数を確認します。
日本では、欧米の診断基準(ロッテルダム基準)や国際基準(IEBG2023)との整合性を図りつつ、日本人の特徴を踏まえた独自の診断基準が2024年に改定されました。診断には、前述のとおり以下の3項目すべてを満たす必要があります1)。
- 月経周期異常
- 多嚢胞卵巣またはAMH高値
- アンドロゲン過剰症またはLH高値
初経後8年以内の患者は、PCOS特有の卵巣所見がみられるケースが珍しくありません1)。そのため、思春期の患者では、以下のような段階的な評価が行われます。
- 月経異常+アンドロゲン過剰症を満たす場合:PCOSの「疑い」
- いずれか1項目のみを満たす場合:将来的にPCOS発症の「リスク」
こうした評価により、思春期の段階から適切な経過観察や早期介入が可能になります。
多嚢胞性卵巣症候群の治療方法|肥満(お腹が出る)の改善や妊娠希望の場合など
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療は、妊娠の希望の有無や症状の程度によって内容が異なります。
インスリン抵抗性により内臓脂肪が増え、お腹が出るなどの体型変化がある場合には、まず生活習慣の見直しを行います。無排卵やホルモンの乱れを放置すると、将来的な健康リスクにつながることもあるため、早めの対応が大切です。
ここでは以下の場合に分けて、それぞれの治療方法について解説します。
- 妊娠を希望していない場合
- 妊娠を希望している場合
妊娠を希望していない場合
妊娠を希望していない場合、以下の治療が検討されます。
- 生活習慣の改善:肥満がある場合、減量や運動療法など生活習慣の改善が基本です。BMI(体格指数)25以上の肥満例では、2〜6ヶ月間で5〜10%の体重減量が推奨され、月経周期の正常化が期待できます4)。
- 月経異常の管理:無月経や稀発月経が続くと、子宮内膜がんのリスクが高まります。これを防ぐため、少なくとも3か月4)ごとにプロゲスチン製剤を用いて人工的に月経を起こすことが推奨されます。
- アンドロゲン過剰症状の改善:多毛やにきびなどの症状がある場合、低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(LEP)の使用を検討します。これにより、ホルモンバランスが整い、症状の軽減が期待できます。
妊娠を希望している場合
妊娠を希望している場合、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療は「排卵を起こすこと」が中心です。
まず、生活習慣の改善が基本となります。特に肥満がある場合、適切な食事療法や運動による減量が推奨されます。これにより、ホルモンバランスが整い、自然排卵が促されることがあります。
生活習慣の改善だけでは排卵が起こらない場合、以下の薬物療法や手術療法が検討されます。
薬物療法(内服・注射)
妊娠を希望する場合、排卵を促す薬物療法が治療の中心となります。まずは、内服薬による排卵誘発を試み、効果が不十分な場合には注射製剤を用いた治療が行われます。
使用される主な薬剤とその特徴は、以下のとおりです。
注射療法では、特に排卵の過剰刺激や多胎妊娠のリスクがあるため、超音波やホルモン値をこまめに確認しながら慎重に進めます。薬物療法は患者ごとに反応が異なるため、医師と相談しながら段階的に治療を行うことが大切です。
手術療法
クロミフェンで効果が得られない場合には、腹腔鏡下卵巣多孔術(LOD)という手術が検討されます。
これは卵巣に小さな穴を複数開けることで、排卵を促す治療法です。薬物療法で十分な効果が得られない場合にも、排卵や妊娠の改善が期待できますが、癒着や卵巣機能の低下などのリスクもあるため、慎重な判断が必要です。
多嚢胞性卵巣症候群を治療しないことによって起こるリスク
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、適切な治療を行わないと、さまざまなリスクが高まります。
まず、無排卵状態が続くと、子宮内膜が持続的にエストロゲンの影響を受け、子宮内の粘膜が過度に厚くなり、将来的に子宮内膜がんの危険性が高まります。
また、排卵がうまくいかない状態が続くとホルモンバランスが乱れるため、月経が不規則になったり妊娠しにくくなったりすることも珍しくありません。妊娠時には、以下のような周産期合併症のリスクも上昇します。
- 流産
- 早産
- 妊娠高血圧症候群
- 妊娠糖尿病
- 胎児発育不全 など
さらに、インスリン抵抗性や高血糖状態によって、2型糖尿病、心血管疾患、メタボリックシンドロームのリスクも増大します。
男性ホルモンが多いと、多毛やにきびなどの症状によって精神的ストレスや自己肯定感の低下につながる可能性もあるでしょう。
こうした状態が長期化すると、仕事や日常生活に支障をきたし、生活の質低下につながるため、早期診断と治療が非常に重要です。
多嚢胞性卵巣症候群に関するよくある質問
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)に関して、疑問や不安を抱える方は少なくありません。
- 痩せていても多嚢胞性卵巣症候群になる?
- 多嚢胞性卵巣症候群は妊娠しにくい?
- 生理痛や性交痛があると多嚢胞性卵巣症候群の可能性がある?
- 排卵誘発剤の副作用はある?卵巣過剰刺激症候群とは?
よく寄せられる質問について、それぞれ詳しく解説します。
Q. 痩せている場合でも多嚢胞性卵巣症候群になる?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、肥満が診断の必須条件ではありません。
日本では、体重が標準範囲内でもホルモンバランスの乱れにより、卵巣に多数の小さな卵胞が確認されるケースが見受けられます。実際、男性化徴候を呈する肥満型PCOS(BMI≧25)は少なく、非肥満型PCOS(BMI<25)が全体の7割以上を占めています5)。
体型だけで判断せず、症状や検査結果に基づいて早期診断と適切な管理が重要です。
Q:多嚢胞性卵巣症候群の場合は妊娠しにくい?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、排卵障害が原因で妊娠しにくい病態です。
不妊患者の10~15%に認められるこの疾患6)は、正常な排卵が起こらず、受精の機会が大幅に減少します。ホルモンバランスの乱れが子宮内環境にも悪影響を与え、受精卵の着床が困難になります。
治療として、排卵誘発療法や生活習慣の改善、不妊治療全般が行われますが、個々の状況に合わせた適切な管理が重要です。
Q. 生理痛や性交痛の症状がある場合は多嚢胞性卵巣症候群が疑われる?
生理痛や性交痛があるからといって、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)が疑われるとは限りません。多嚢胞性卵巣症候群では、主に排卵障害や月経不順、多毛などのホルモン異常に関連した症状が特徴的です。
生理痛や性交痛の症状がある場合は、子宮内膜症や子宮筋腫、腟や子宮頸部の炎症などが疑われます。特に、子宮内膜症は、月経時の強い下腹部痛や性交時の痛みを伴うことが多く、進行すると不妊や卵巣がんにつながるリスクがあるため注意が必要です7),8)。
長く続く痛みがあったり、日常生活に支障をきたしたりする場合は、早めに婦人科を受診し、適切な検査と治療を受けましょう。
子宮内膜症については、こちらの記事でも紹介しているので併せてご参照ください。
Q. 卵巣過剰刺激症候群とは
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)とは、不妊治療で排卵を促すホルモン剤の使用により、卵巣が過剰に刺激されることで発症する副作用のひとつです。
排卵誘発剤によって、通常より多くの卵胞が一度に発育して卵巣が大きく膨らむことに加え、血管から水分やたんぱく質が漏れ出し、腹部や胸部などに液体が貯留します。
主な症状として、以下のようなものが挙げられます9)。
- お腹が張る(ウエストがきつくなった)
- お腹が痛む
- 吐き気がする
- 急に体重が増える(1kg/日以上)
- 尿量が少なくなる など
症状が軽い場合は、十分な水分補給を行い、激しい運動を控えることで改善します。重症化すると、腹水や胸水が溜まって息苦しくなったり、血栓症、さらには腎不全など、生命に関わる合併症を引き起こすことがあります。
卵巣過剰刺激症候群の発生頻度は、ゴナドトロピン製剤を用いた排卵誘発治療や生殖補助医療における調節卵巣刺激症例においては5%程度であり9)、不妊治療を受ける女性にとって注意すべき合併症のひとつです。症状が現れた場合は、速やかにかかりつけ医に相談し、適切な対処を行うことが大切です。
おわりに
参考文献
1)日本産科婦人科学会. 多嚢胞性卵巣症候群に関する全国症例調査の結果と本邦における新しい診断基準(2024)について
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/PCOS1_20231204.pdf
2)堀川玲子. 多嚢胞性卵巣症候群の調査研究:令和2年度厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患政策研究事業)分担研究報告書. 国立成育医療研究センター. 厚生労働科学研究費補助金研究事業データベース
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/202011043A-buntan10.pdf
3)日本内科学会雑誌 104巻第4号. 内分泌疾患に続発する肥満症.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/104/4/104_690/_pdf
4)日本産婦人科学会. 産婦人科診療ガイドラインー婦人科外来編2023 CQ327 卵巣過剰刺激症候群(OHSS)の発症・重症化予防と管理は?.
https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2023.pdf
5)日本産婦人科医会. No112 基本から学ぶ不妊治療(2)一般不妊治療
https://www.jaog.or.jp/note/(2)一般不妊治療/
6)厚生労働省. ライフスタイルの変化に伴うPCOS 婦人に対する生殖医療対策
https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2010/103011/201018012A/201018012A0002.pdf
7)公益社団法人日本婦人科腫瘍学会. 子宮内膜症(卵巣がんとの関係について).
https://jsgo.or.jp/public/naimaku.html
8)厚生労働省 女性の健康推進室ヘルスケアラボ. 子宮内膜症.
https://w-health.jp/caring/endometriosis/?selfCheckResult
9)厚生労働省. 重篤副作用疾患別対応マニュアル 卵巣過剰刺激症候群(OHSS). 厚生労働省ウェブサイト
https://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1r01-r03.pdf