多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、排卵やホルモンバランスの異常が慢性的に続く病気で、原因としてストレスも関与する可能性が知られています。また、多嚢胞性卵巣症候群の人はストレスの影響を受けやすいともされており、ストレスとの関連が少なくない疾患です。本記事では、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とストレスの関係、対処法や治療方法、妊娠への影響をわかりやすく解説します。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とは
多嚢胞性卵巣症候群とは、卵胞がうまく育たず、排卵障害や月経異常が起こる病気です。卵巣に小さな卵胞がたくさんたまる「多嚢胞性卵巣」が特徴です。
生殖年齢にある女性のうちおよそ5〜8%にみられ、不妊の原因のひとつになっています1)。
- よく見られる症状:排卵障害、月経異常(月経不順、無月経、不正出血など)
- その他の症状:毛深くなる、肥満、血糖値が高くなりやすい など
症状には個人差があり、特に多毛や肥満は日本人では目立たない傾向もあります。
多嚢胞性卵巣症候群の原因
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の原因は完全には解明されていませんが、複数の要因が関与していると考えられています。
なかでも原因の中心とされているのが、アンドロゲン(男性ホルモン)の過剰な分泌です2)。アンドロゲンは卵子の成長を妨げるため、排卵が起こりにくくなります。
アンドロゲンの過剰な分泌は、主に以下の仕組みによって引き起こされます。
また、体質や遺伝、生活習慣なども発症に関わるとされています。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、いくつもの要因が重なり合って起こる病気なのです。
ストレスは多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の原因になる?
ストレスは多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の直接的な原因であるとは証明されていませんが、発症や症状の悪化に関与すると考えられています。
強いストレスが長期間続くと、脳ではホルモンの調整がうまくいかなくなります。ホルモン分泌に異常が生じ、アンドロゲンが過剰となり、排卵障害や月経異常が引き起こされるのです。
特に10代〜20代前半の思春期から青年期は、以下のようなストレスによりホルモンバランスが崩れやすくなります3)。
- 過度なダイエット
- 無理な食事制限
- 過食・拒食
- 勉強・仕事のプレッシャー
思春期や青年期はホルモンが活発に分泌される時期です。この時期に受けたストレスは、長期的にホルモンバランスを崩し、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の発症につながる可能性があります。
ただし、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)はどの年代でも起こり得ます。青年期以降であっても、心の負担や生活習慣が引き金となる可能性は十分にあるため、日頃からストレスをためないよう心身をいたわることが大切です。
多嚢胞性卵巣症候群がストレスの感受性を高める可能性がある
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)があると、ストレスの影響を受けやすくなる可能性も知られています。
ホルモンバランスが崩れていると、同じできごとでも脳や体は過剰に反応します。ストレスホルモンも分泌されやすくなり、心拍数の増加や緊張といった症状として現れやすいのです4)。
慢性的なストレス反応は、以下のような病気を引き起こす可能性もあります。
ストレスホルモンの分泌が続くと、心の病気につながりやすいことが分かっています。実際に、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の女性のうち28〜39%は不安症を、11〜25%はうつ病を併発しているとの報告もあります5)。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は妊娠・出産といったライフプランに関わります。「将来妊娠しにくいのでは」という不安が、心の負担をさらに大きくするケースも少なくありません。将来の健康を守るためにもストレス対策に目を向けることが大切です。
多嚢胞性卵巣症候群における有効なストレス対策
ストレス対策には、心を整える工夫や生活習慣の見直しが有効です。
前述の通り、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)とストレスは互いに影響を及ぼし合います。症状が悪化すると妊娠しにくくなるだけでなく、慢性的な病気につながる可能性もあります。将来の健康を守るには、心のバランスと日々の生活習慣の改善が欠かせません。
以下の表に、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)へのストレス対策をご紹介します。
認知行動療法やマインドフルネスなど心理的なアプローチは、気持ちを落ち着かせる効果が期待できます。
日常生活では、食事・運動・睡眠を中心に生活改善を心がけましょう。特に適度な運動は、心のバランスを整えるだけでなく睡眠の質向上にもつながり、相乗効果が期待できます。
自分に合ったリラックス法を見つけるのも大切です。アロマの香りで癒やされたり、好きな音楽を聞いたりと、お気に入りのセルフケアを取り入れてみてください。
多嚢胞性卵巣症候群の診断方法
日本産科婦人科学会の診断基準では、以下3つをすべて満たす場合に多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と診断されます。
【多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の診断基準8)】
- 月経異常
- 多嚢胞卵巣またはAMH高値
- アンドロゲン過剰症またはLH高値
なお、初経から8年間は多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)でなくても小さな卵胞が多く見えることがあるため、以下の指標を用います。
【初経から8年間の診断基準】
- PCOS疑い:月経不順+アンドロゲン過剰症かつLH高値
- PCOSリスク:月経不順+アンドロゲン過剰症またはLH高値
早期から多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を疑うことで、必要に応じて速やかに治療を開始できます。うつ病や生活習慣病、子宮体がんなどを防ぎ、将来の健康を守ることにもつながります。
多嚢胞性卵巣症候群の治療方法
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の治療方法は、妊娠希望の有無によって異なります。
ここでは以下2つに分けて、治療方法を解説します。
- 妊娠の希望がある場合
- 妊娠の希望がない場合
どちらの場合でも肥満があるときは生活習慣の改善からはじめ、減量を目指します。
妊娠の希望がある場合
妊娠を希望している場合は「排卵を促すこと」が治療の中心です。排卵が起こりやすくなるように生活習慣を整えつつ、排卵を助ける治療を取り入れます。
具体的な治療は、以下のように段階的に行われます。
特に肥満がある場合は、適度な運動や食生活の改善により減量が推奨されます。肥満の解消によってホルモンの乱れが改善され、排卵が促されることもあるためです。
生活習慣の改善だけでは排卵しない場合、薬や手術による治療が行われます。これらの治療を行っても妊娠に至らなければ、体外受精などの生殖補助医療を検討します。
体外受精について詳しく知りたい人は、以下の記事をご覧ください。
関連記事:体外受精
妊娠の希望がない場合
妊娠を希望しない場合は「合併症を予防すること」が治療の目的になります。生活習慣を見直しつつ、ホルモン剤によって定期的に出血を起こす治療を行います。
無月経の状態を放置すると、不妊だけでなく子宮体がんや生活習慣病のリスクが高まるおそれがあります。心の病気につながるケースもあるため、妊娠を希望していなくても適切に治療を受けることが大切です。
使用されるホルモン剤には主に以下があります。
- 黄体ホルモンの薬:子宮内膜を保護し子宮体がんを予防する
- 低用量ピル:多毛やニキビといった症状にも対応できる
肥満の場合は運動療法も並行し減量を目指します。
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)があると、血糖を処理する働きが低下しやすいため、肥満でなくてもバランスの良い食事や適度な運動を心がける必要があります。
多嚢胞性卵巣症候群でも妊娠は可能
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)があっても妊娠できる可能性は十分にあります。
排卵障害を伴うと自然妊娠が難しいケースもありますが、排卵が完全に止まるわけではありません。適切な治療で排卵を促すことで、妊娠の可能性の改善が期待できます。
海外の研究では、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の女性の約86.7%が出産を経験しているとのデータがあります10)。長期的な研究では、病気の有無で最終的に出産する子どもの人数に差は見られませんでした。人生全体を通してみれば、家族の規模に大きな違いはないと考えられます。
ただし、妊娠に至るまでに時間がかかる可能性はあります。自然妊娠から出産までの期間は、通常よりも約2年遅れるという報告もあります11)。
妊娠を希望する場合は、生活習慣の改善に取り組みながら、医師の指示のもと必要な治療を受けることが大切です。
多嚢胞性卵巣症候群における妊娠中のリスク
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)があると妊娠中に合併症リスクが指摘されています。
特に以下のリスクに注意が必要です。
妊娠中のトラブルは、お母さんだけでなく赤ちゃんへの影響も心配されます。将来安心して出産するためにも、妊娠前から体の状態を知り、必要な場合に治療を受けることが大切です。
妊娠前の準備は「プレコンセプションケア」と呼ばれ、ブライダルチェックや不妊検査として実施されています。血圧や血糖、体重などの健康状態を管理しておくと、将来の安全な妊娠・出産につながると国際的にも推奨されています13)。
トーチクリニックではブライダルチェックをプレコンセプションケアとしてお受けいただけます。検査だけでなく、医師が結果をもとに体の状態について詳しくアドバイスします。
ブライダルチェックについて詳しい内容は、下記の記事をご覧ください。
関連記事:女性ブライダルチェック
多嚢胞性卵巣症候群に関するよくある質問
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)についてよく寄せられる質問について解説します。
Q:多嚢胞性卵巣症候群を放置するリスクは?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)を放置すると、以下のような病気を引き起こす可能性があります。
- 生活習慣病:糖尿病、高血圧、脂質異常症
- 心血管疾患:心筋梗塞、脳卒中など
- 子宮体がん
- 精神的な不調:うつ病や不安障害
- 不妊
適切な治療を受けないと、将来の妊娠だけでなく健康にも影響を及ぼすことがあります。妊娠の希望や症状の程度に関わらず、医療機関で必要な治療を受けましょう。
Q:多嚢胞性卵巣症候群は自然に治る?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は自然に治ることはほとんどありません。ホルモンの乱れは慢性的に続くため、病気を完全に治すことも難しいとされています。
ただし、生活習慣の改善や適切な治療を受けることで、月経不順や排卵障害の改善が期待できます。
WHOのデータによると、多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の人のうちおよそ70%が適切な治療を受けていないという報告もあります14)。症状は時間の経過とともに変化し、放置すると妊娠しにくくなる可能性が高まります。
生理周期が乱れている、3か月以上生理が止まっているなどすでに月経異常がある人は、早めの受診が推奨されます。
Q:多嚢胞性卵巣症候群はやせたら治る?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、やせたら治る病気ではありませんが、肥満の場合は体重を減らすことで症状や合併症リスクが減らせます。
肥満が解消されると、ホルモンバランスの乱れやインスリン抵抗性が改善されるためです。多毛やニキビなどの症状が緩和できるほか、生活習慣病のリスク軽減にもつながります。
ただし、減量はあくまでも肥満の場合であり、やせている人や標準体型の人には推奨されません。過度のダイエットはかえってホルモンバランスを崩す要因になります。減量は必要な場合のみ適度なペースで行いましょう。
Q:多嚢胞性卵巣症候群のやせ型と肥満型の違いは?
やせ型と肥満型では、症状の程度や合併症のリスクが異なります。肥満型の方がリスクが高く、治療の重点にも違いが生じます。
【多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)におけるやせ型と肥満型の主な違い】
特に妊娠を望んでいる場合は、肥満解消がより重要です。肥満を解消すると排卵を促す治療がより効果的になることも分かっています。体外受精を行った場合には、やせ型の方が受精率が高いとの報告もあります。
将来妊娠を望んでいる人は、早いうちから健康管理を意識するとともに、医療機関で適切に治療を受けましょう。
Q:多嚢胞性卵巣症候群でお腹が出る原因は?
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)では、お腹周りに変化が現れることがあります。主に以下2つの作用により内臓脂肪がつきやすくなるためです。
- インスリン抵抗性
- アンドロゲン分泌過多
血糖を下げるホルモンであるインスリンが十分に作用せず、脂肪の分解が抑えられるため内臓脂肪がつきやすくなります。
男性ホルモンであるアンドロゲンの分泌も多くなり、脂肪のつき方が男性型に近づくため、体幹や腹部に脂肪が集中しやすくなります。
多嚢胞性卵巣症候群でお腹が出る原因については、以下の記事も参考にしてください。
関連記事:多嚢胞性卵巣症候群で肥満(お腹が出る等)の症状について
おわりに
参考文献
1)日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編2023.
https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_fujinka_2023.pdf
2)Wang K, Li Y, Chen Y. Androgen excess: a hallmark of polycystic ovary syndrome. Front Endocrinol (Lausanne). 2023;14:1273542.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10751361/
3)Steegers-Theunissen RPM, Wiegel RE, Jansen PW, Laven JSE, Sinclair KD. Polycystic ovary syndrome: a brain disorder characterized by eating problems originating during puberty and adolescence. Int J Mol Sci. 2020;21(21):8211.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33153014/
4)Benson S, Arck PC, Tan S, Hahn S, Mann K, Rifaie N, Janssen OE, Schedlowski M, Elsenbruch S. Disturbed stress responses in women with polycystic ovary syndrome. Psychoneuroendocrinology. 2009;34(5):727-735.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19150179/
5)Dewani D, Karwade P, Mahajan KS. The invisible struggle: the psychosocial aspects of polycystic ovary syndrome. Cureus. 2024;16(1):e54094.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10823298/
6)厚生労働省. ストレスって何?. 厚生労働省ウェブサイト.
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/stress/self/self_01.html
7)厚生労働省. 健康づくりのための睡眠ガイド 2023. 令和6年2月 健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会. 厚生労働省ウェブサイト.
https://www.mhlw.go.jp/content/001305530.pdf
8)日本産科婦人科学会. 多嚢胞性卵巣症候群に関する全国症例調査の結果と本邦における新しい診断基準(2024)について. 日本産科婦人科学会ウェブサイト. https://www.jsog.or.jp/news/pdf/PCOS1_20231204.pdf
9)日本産科婦人科学会 生殖・内分泌委員会(令和5〜6年度). 本邦における多嚢胞性卵巣症候群の治療指針. 日本産科婦人科学会ウェブサイト.
https://www.jsog.or.jp/news/pdf/PCOSshishin_20250717.pdf
10)Owens LA, Franks S. The impact of polycystic ovary syndrome on reproductive health: a narrative review. Polycystic Ovary Syndrome: Origins and Implications. 2024;14:100151. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12060724/
11)Palomba S. Is fertility reduced in ovulatory women with polycystic ovary syndrome? An opinion paper. Hum Reprod. 2021;36(9):2421-2428.
https://doi.org/10.1093/humrep/deab181
12)National Institute of Child Health and Human Development (NICHD). Polycystic ovary syndrome (PCOS): more information – FAQs. NICHD website. https://www.nichd.nih.gov/health/topics/pcos/more_information/
13)Teede HJ, Tay CT, Laven JJE, et al; International PCOS Network. Recommendations from the 2023 international evidence-based guideline for the assessment and management of polycystic ovary syndrome. Hum Reprod. 2023;38(10):1849-1867.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37580861/
14)World Health Organization. Polycystic ovary syndrome. WHO website.
https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/polycystic-ovary-syndrome