精液検査や不妊治療で精液を採取する際、どのくらい禁欲したら良いのか迷う方もいるでしょう。この記事では適切な禁欲期間(射精をしない期間)や、禁欲期間が長すぎる場合に懸念されること、精子の質についてなど、これから検査や治療を受ける方に役立つ情報を解説します。
採精(精子の採取)が必要になる検査・治療について
採精(精子の採取)が必要になる検査・治療には、精液検査をはじめ、人工授精や体外受精、顕微授精があります。この章では採取した精子がどのように使われるのかについて詳しくお伝えします。
精液検査
妊娠に至るには卵子の質だけでなく、精子の質も重要です。そのため不妊の原因を調べるカップルにおいて、精液検査は男性のほぼ全ての方に受けていただく検査となります。
精液検査では、精液量や精子の量、運動性などを細かく確認します。
2021年にWHO(世界保健機関)が定めている精液検査の主な検査項目の基準値は以下のとおりです1)。
上記の基準値は、正常妊娠したカップルの精液所見の分布における下から5%に当たる人たちの値であり、基準を満たす結果であっても必ず妊娠できる訳ではない点には注意が必要です。また、基準値以下であっても不妊治療によって妊娠できるケースがあるため、専門家と相談しながら進めることが大事です。
なお、精液の状態は日によって変動するため、結果が基準値に満たない場合でも1回で全てを判断しないことが一般的です。再検査の基準や実施時期などは医療機関によっても異なるため、施設に確認するようにしましょう。
人工授精
人工授精とは、採取した精液を洗浄・濃縮処理し、排卵の時期に合わせて子宮の入口からカテーテルを挿入して、運動性の良好な精子を注入する方法です。
軽度の乏精子症や性交障害、EDの方などが適応になります。
体外受精・顕微授精
体外受精(c-IVF)は、卵巣で発育した卵子を体外に取り出し、採取した精子をシャーレ上でふりかけ、精子自らの力で受精させる治療法です。卵管が閉塞していたり、精子の数が少なく運動率が低い場合などに選択されます。
顕微授精(ICSI)とは、顕微鏡と細い針を使いながら精子を卵子へ直接注入する治療方法です。採取した精子の中から状態の良い精子を1つ選択し、卵子へ注入します。
体外受精でも妊娠しなかった場合や、精子濃度や精子運動性が極めて低いときに選択されます。
体外受精や顕微授精のように、卵子や精子、あるいは胚を取り扱う治療のことを生殖補助医療(ART)といいます。いずれの治療法も妊娠に至るには卵子および精子の質が重要です。
採精方法について
精液は、用手法(マスターベーション)にて精液カップに全量を採取し、医療機関に提出します。
採精の具体的なやり方について、WHOのマニュアルでは以下の内容が推奨事項として挙げられています1)。
・マスターベーションにおいて全量を精液カップ等に採取する。
・潤滑剤やコンドームの使用は原則避ける
・採取から分析までの時間は60分以内が目安
・持ち運ぶ際の温度は20〜37℃が目安
上記はWHOのマニュアルの記載事項であるため、医療機関のルールとは異なる場合があります。
トーチクリニックでは、精液採取の際は手を石鹸でよく洗ってからの採取をお願いしています。採取後は容器のフタをしっかり閉めていただき、名前記入シールへご記入いただきます。
採精カップをタオルなどで巻いた後、紙袋に入れ人肌程度に温め、採精後2時間以内を目安にご持参ください。
精液検査での適切な禁欲期間
精液検査の禁欲期間として、WHOは2〜7日を推奨しています1)。医療機関によっては精液の質の低下を懸念して、より短い禁欲期間が設定されている場合もあります。
ただし0〜1日など極端に間隔が短いと、精液量や精子濃度、総運動精子数が低下するという調査結果も報告されています2)。精液検査では医療機関ごとに設定された禁欲期間を守って検査を受けましょう。
トーチクリニックでは精液検査する際、2〜3日の禁欲期間を設けています。
不妊治療での適切な禁欲期間
不妊治療でのベストな禁欲期間については、個人の状況や医療機関の方針もあるため、一概にはいえません。ただし近年の研究では、禁欲期間を短めに設定した方が妊娠率が高まるという報告もあります。
一部の研究によると、禁欲期間が1日の場合、2〜4日の禁欲期間と比べて、顕微授精後の着床率や妊娠率が高い結果であったとされています3)。また、禁欲期間が0日(4時間以内)と極端に短い場合でも、生殖補助医療後の着床率や妊娠率、出生率が向上したとする研究報告もあります4)。
一方で、前述のとおり禁欲期間が短いと精液量や精子濃度、総運動精子数は減少することも知られており、デメリットといえる面もあります。不妊治療での具体的な禁欲期間で判断に迷う場合は、医師や専門家と相談してみるのもよいでしょう。
禁欲期間の数え方
禁欲期間の数え方は、一般的には射精と射精の間の「射精しなかった日数」でカウントされます。射精した日を0日とし、翌日(24時間後)を1日とカウントします。
たとえば1月5日に採精を予定している場合は、前回の射精が1月1日であると禁欲期間が3日になります。
他の例として、精液検査や不妊治療において2月10日に精子が必要となり、禁欲期間2〜3日を指定された場合、2月6〜7日に射精をしておく必要があります。
長い禁欲期間は精子の質を下げることも
精液検査や不妊治療において、長すぎる禁欲期間は推奨されていません。禁欲期間が長いと精液量と精子数は増加するものの、精子は活性酸素にさらされて、運動性が低下します。また、DNA損傷も引き起こすことが知られており、精液の質の低下につながります。
DNAの断片化とは、精子のDNA構造がダメージを受け、精子の質が低下した状態です。断片化が増加すると、妊娠率の低下につながることも報告されており5)、この点からも禁欲期間は長すぎない方が良いと考えられます。
精子の質を上げるには
射精される精子はつくられるまでに2〜3か月程度かかるため、射精する日の直近で精子の質を上げることはできません。過去の研究では、精子は精巣で作られるまで約74日かかるという報告もあります6)。
以下の項目に気をつけて、日頃から精子の質を意識することが大切です。
禁煙や生活習慣を整える
タバコや過度の飲酒、肥満、睡眠不足などは精子の質を低下させることが知られています。
特にタバコは精子の質に大きな影響があり、DNA損傷の原因となるため禁煙が推奨されます。
その他の生活習慣の乱れも精液所見に影響することがわかっているため、生活習慣を整えることは精子の質を上げることにつながります。
過度なストレスを避ける
ストレスも精子の質に影響を与えることがわかっています。
ストレスが続くと男性ホルモンのテストステロンの分泌が低下することによって、精子の質が低下します。また、性欲にも悪影響を及ぼすため、妊活自体がうまくいかなくなる可能性もあるため、過度なストレスを避けることも重要です。
精巣を温めすぎない
精子は熱に弱く、陰嚢部を過度に温めると、精子濃度や精子の運動性の低下につながるとされています。体を温めすぎるようなサウナや長時間の入浴は避けましょう。
また、膝上のパソコンの使用やデスクワークで長時間座り続けることも陰嚢部に熱がこもる原因となります。定期的に立ち上がって歩くなどの工夫をすると良いでしょう。
精液検査や禁欲期間に関するよくある質問
精液検査や禁欲期間に関するよくある質問について回答をまとめています。
Q:精液は何日で満タンになりますか?
一般的に禁欲期間が長い方が精液量や精子濃度は上昇し、「満タン」と呼ばれる状態に近づきます。過去の調査では、禁欲1日目と2日目は平均の精液量が1.0mL増加、その後5日目までは0.3mLずつ増加したという報告があり7)、精液量は数日程度は増え続けることが想定されます。
ただし、前述のとおり不妊治療や妊活においては必ずしも精液量が「満タン」になるまで待つ必要はありません。近年は精液量よりも精子の質が注目されており、長すぎる禁欲期間は質の低下につながるため、定期的な射精を意識するようにしましょう。
Q:禁欲期間が長いと子どもが障害をもつ?
長い禁欲期間が子どもの障害につながるかは明確にはわかっていません。しかし、前述のとおり、禁欲期間が長いと精子の運動性の低下やDNA断片化につながることがわかっています。
これらによって妊娠率が低下する報告もあるため、長すぎる禁欲期間は避けて定期的な射精を心がけるようにしましょう。
おわりに
参考文献
1)WHO Laboratory Manual for Human Semen Examination, Sixth Edition
https://iris.who.int/server/api/core/bitstreams/4038e736-37b3-4064-a39a-60475e0ccecc/content
2)Yao G, Qi Q, Dou X, Zhou W, Bai S, Zhang X. Association of abstinence time with semen quality in men who undergoing fertility evaluation: a cross-sectional study from 3052 participants. Front Endocrinol (Lausanne). 2025 Jan 24;16:1472333.
https://www.frontiersin.org/journals/endocrinology/articles/10.3389/fendo.2025.1472333/full
3)E Borges Jr, D P A F Braga, B F Zanetti , A Iaconelli Jr , A S Setti . Revisiting the impact of ejaculatory abstinence on semen quality and intracytoplasmic sperm injection outcomes. Andrology. 2019 Mar;7(2):213-219.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/andr.12572
4)Federica Barbagallo, Rossella Cannarella, Andrea Crafa , Sandro La Vignera , Rosita A Condorelli, Claudio Manna , Aldo E Calogero. The Impact of a Very Short Abstinence Period on Assisted Reproductive Technique Outcomes: A Systematic Review and Meta-Analysis.Antioxidants (Basel). 2023 Mar 20;12(3):752.
https://www.mdpi.com/2076-3921/12/3/752
5)Cristian Alvarez Sedó, Melina Bilinski, Daniela Lorenzi, Heydy Uriondo, Felicitas Noblía, Valeria Longobucco, Estefanía Ventimiglia Lagar, Florencia Nodar. Effect of sperm DNA fragmentation on embryo development: clinical and biological aspects.JBRA Assist Reprod. 2017 Oct-Dec;21(4):343–350.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5714603/
6)Adolf-Friedrich Holstein, Wolfgang Schulze, Michail Davidoff. Understanding spermatogenesis is a prerequisite for treatment. Reprod Biol Endocrinol. 2003 Nov 14;1:107.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC293421/
7)Mortimer D, Templeton AA, Lenton EA, Coleman RA. Influence of abstinence and ejaculation-to-analysis delay on semen analysis parameters of suspected infertile men. Arch Androl. 1982 Jun;8(4):251-6.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/7114956/


