── 女性と男性で、注意点はまったく違います
重いニキビの治療に使われるイソトレチノインは、妊娠中に女性が内服すると胎児に重い形態異常(奇形)を起こすことがはっきりわかっている薬です。一方で、男性が内服した場合については、現在までのデータで「お子さんの先天異常が増える」という根拠は示されていません。精液所見についても、悪化させるどころか、むしろわずかに改善する方向の報告が出てきています。この記事では、この薬がどういう仕組みでニキビに効き、どういう仕組みで胎児に影響するのかを整理したうえで、女性側・男性側それぞれのデータを順に見ていきます。
イソトレチノインとはどんな薬か
イソトレチノイン(13-シス-レチノイン酸)は、ビタミンAから作られた「レチノイド」と呼ばれる薬の一種です。内服するタイプのニキビ治療薬で、他の治療で十分に良くならない中等症〜重症のニキビに対して、世界の多くの皮膚科診療ガイドラインで位置づけられている薬です。40年以上の使用実績があります。ただし日本では未承認で、国内では自由診療として、医師が輸入して処方する形で使われています。
なぜニキビに効くのか
ニキビは、①皮脂が過剰に出る、②毛穴の出口の角質が厚くなって詰まる、③詰まった毛穴の中で菌が増える、④炎症が起こる、という流れで悪化していきます。
イソトレチノインは、皮脂を作る「皮脂腺」そのものを小さくして皮脂の分泌を大きく減らし、さらに毛穴の角化(角質が厚くなること)を抑えます。①と②という、ニキビの出発点にあたる2つを同時に抑えられるため、結果として③の菌の増殖と④の炎症も収まっていきます。抗菌薬のように菌だけを叩く薬ではなく、ニキビができる土壌そのものを変える薬である、という点が特徴です。

なぜ胎児に影響するのか
ここが、この薬を語るうえで最も重要な部分です。
実は、レチノイン酸(ビタミンAから作られる物質)は、もともと私たちの体が胎児の体をかたちづくるために使っている物質です。妊娠のごく初期、胎児の顔・心臓・脳・胸腺などが作られていく時期に、レチノイン酸が「どこにどの器官を作るか」を指示する信号として働いています。体には、この信号の濃さを適切な範囲に保つための分解の仕組みも備わっています。
イソトレチノインを内服すると、この信号物質が本来ありえない濃度で胎児に届きます。設計図に書かれた信号が強すぎる状態になり、特に顔・耳・心臓の流出路・胸腺・脳のもとになる細胞(頭部の神経堤細胞)の移動や生存が乱れます。その結果として起こるのが「レチノイン酸胎児症」と呼ばれる、特徴的な組み合わせの形態異常です。
つまりこれは「毒性が強いから胎児に悪い」というより、体の設計に使われる信号そのものを外から大量に入れてしまうために起こる現象です。だからこそ、ごく少量・短期間でも起こりうるとされ、影響を受けるのは妊娠のごく早い時期(妊娠に気づく前のことも多い時期)に限られます。

どんな報告があるのか
① 女性が内服した場合:1985年の報告と、その後も続いた曝露妊娠
最初にこの問題を体系的に示したのは、Lammerらが1985年にNew England Journal of Medicine誌に報告した研究です。胎児がイソトレチノインに曝露した154の妊娠が調べられ、その転帰は、人工妊娠中絶95、形態異常のない児26、自然流産12、形態異常のある児21でした。
Lammerらは、結果がわかる前から追跡できた36妊娠をもとに、特定の重い形態異常のリスクが、曝露のない場合と比べて約25倍(相対リスク25.6、95%信頼区間11.4〜57.5)と算出されています。
形態異常のあった21人の児に共通して見られたのは、小耳症・無耳症(15人)、小顎症(6人)、口蓋裂(3人)、心臓の流出路や大動脈弓の異常(8人)、胸腺の異常(7人)、網膜・視神経の異常(4人)、中枢神経(脳)の形成異常(18人)という組み合わせでした。中枢神経が影響を受けた場合、後の知的発達の遅れにつながることも報告されています。
ここで注意が必要なのは、154妊娠の多くが結果の判明したあとに報告された症例であり、形態異常があったために報告に至った例が含まれる点です。そのため、この内訳から「異常が起こる割合」を読み取ることはできません。21人という数字は「どのような組み合わせの異常が起こるか」を示すもの、相対リスク25.6は「どのくらいの頻度で起こるか」を示すもの、という役割の違いがあります。
ここで大切なのは、「25倍」という数字が妊娠中に内服した場合の話であり、内服をやめてから妊娠した場合の話ではない、という点です。

そのうえで、1988年から米国では厳格な妊娠予防プログラムが始まりました。それでも曝露妊娠はなくなりませんでした。米国CDCが2000年に報告した、カリフォルニア州で内服中に妊娠した女性のうち、聞き取りに同意した14人(該当者23人)への調査では、次のような実態が示されています。
- 14人全員が「妊娠中に飲んではいけない薬」であることは知っていた
- それでも13人(93%)は推奨されていた避妊法を併用していなかった
- 8人(57%)は、その妊娠が成立した時期に避妊なしの性交が少なくとも1回あった
- 内服前に妊娠検査を受けた10人のうち3人は、検査は陰性だったが開始時点ですでに妊娠していた
- 2人は以前の処方の残薬を使っており、1人は国外で処方を受けていた
妊娠の転帰は、形態異常のない出生児4人、重い形態異常のある出生児1人、自然流産4人、人工妊娠中絶5人でした。報告された1例では、複雑な心疾患・水頭症・顔面の形態異常をもって生まれ、治療・手術を受けたものの生後9週で亡くなっています。
この調査が示しているのは、「知識があること」と「妊娠を防げること」は別だということです。開始のタイミング、避妊法の併用、残薬の管理といった、一つひとつの手順が意味を持ちます。
② 男性が内服した場合:2026年のシステマティックレビュー
では、男性が飲んだ場合はどうでしょうか。ここは長く情報が乏しかった領域ですが、Panunzioらが2026年にInternational Urology and Nephrology誌に、この問いを扱った系統的レビュー・メタ解析を報告しました。
2025年11月までの文献を検索し、最終的に6つの臨床研究・のべ225人の男性が解析されました。内訳は2つに分かれます。
- ニキビ治療として標準用量(0.5〜1 mg/kg/日、累積120 mg/kg)を内服した167人:もともと精液所見に問題のない男性が対象
- 男性不妊の治療として低用量(20 mg 1日2回)を内服した58人:乏精子症・精子無力症、クリプトゾオスペルミア(ごく少数しか精子が見つからない状態)、非閉塞性無精子症の男性が対象
治療期間は20週〜9か月でした。なお6研究のいずれにも対照群(飲まない人との比較群)がなく、内服前後を比べる形の研究であった点は、あらかじめ押さえておく必要があります。
研究でわかったこと
男性の精液所見は、悪化していませんでした
ニキビ治療として内服した167人のメタ解析の結果は、次のとおりです。
項目
平均差(内服後−内服前)
95%信頼区間
p値
精子濃度
+1.77 百万/mL
0.47〜3.08
0.028
前進運動率
+4.12%
−2.03〜10.27
0.10
正常形態率
+1.13%
−6.33〜8.60
0.58
精子濃度と生存率はわずかに改善し、統計的にも差がありました。前進運動率と正常形態率は改善の向きではあるものの、信頼区間が0をまたいでおり、はっきりした差とは言えない結果でした。統合した結果では、低下した項目はありませんでした。ただし個々の研究をみると、治療後に正常形態率が低下したと報告しているものが1つあります。
ホルモン(テストステロン、FSH、LH)についても、テストステロンは横ばいか内服前から+3〜8%程度で、FSHとLHも生理的な範囲内の変動にとどまり、内分泌が抑制されるような変化は認められませんでした。
男性不妊の治療としては、一部で精子が出現しています
もともと精液所見に問題のある男性では、変化はより大きなものでした。
- 乏精子症・精子無力症:精子濃度が2.5→3.8 百万/mLに増加、前進運動率が約3%上昇、正常形態率はほぼ変わらず
- 非閉塞性無精子症・クリプトゾオスペルミア:それまで精子が確認できなかった男性の37〜44%で、射出精液中に精子が新たに出現
妊娠の報告もあります。乏精子症の集団では6件の妊娠(自然妊娠3件、生殖補助医療3件)と5件の出生があり、治療を受けた集団の約15%が妊娠に至った計算になります。無精子症の集団では、以前のmicroTESE(顕微鏡下精巣内精子採取術)で精子が見つからなかった男性が、内服後の再手術で精子採取に至りICSI(顕微授精)で1人の出生に至った例、射出精子でのICSIにより1人の出生に至った例が報告されています。
お子さんの先天異常について
Panunzioらの報告では、父親側の内服によって先天異常が増えるという根拠は示されていません。今回の6研究のいずれにおいても、父親のイソトレチノイン内服に起因する妊娠の有害な転帰は報告されませんでした。
背景として、米国の添付文書には次の趣旨が記載されています。イソトレチノインは内服中の男性の精液中からも検出されるものの、その量からパートナーに移行する量は、40 mgを内服した場合の約100万分の1にあたる。20年間の市販後報告のなかにレチノイド曝露に矛盾しない単独の形態異常の報告が4件あるが、いずれもレチノイド曝露に特徴的な組み合わせではなく、他に説明のつく要因があった──というものです。
この結果をどう受け止めるか
まず、女性側の話と男性側の話は、まったく性質が違います。 女性の妊娠中の内服については、40年にわたって一貫した、疑う余地のないリスクが確立しています。一方、男性側の「安全そうだ」「むしろ良いかもしれない」という話は、質の限られたデータに基づく暫定的なものです。この2つを同じ重みで受け取らないでください。
そのうえで、男性に関するデータの限界は明確です。
- 6研究すべてに対照群がなく、内服前後の比較にとどまります。精液所見は測定するたびに自然に変動するため、「飲んだから良くなった」と結論づけることはできません。
- 対象は合計225人と少なく、研究ごとに対象者の背景・用量・精液検査の方法がばらついています。エビデンスの確実性は、Panunzioら自身によって「低〜中程度」と評価されています。
- 性機能障害について、妥当性が検証された評価票を用いて系統的に調べた研究は1つもありませんでした。「報告がなかった」ことは「起こらない」ことを意味しません。
- 精子DNA断片化は、6研究のいずれでも測定されていません。自然妊娠にも体外受精の成績にも関わる指標であり、ここが空白であることは重要な限界です。
- 体外受精・顕微授精の成績(受精率、胚盤胞到達率、着床率、生児獲得率)への影響も、現時点では判断できません。精液所見が少し良くなることと、実際に赤ちゃんが生まれやすくなることは、同じではありません。
- 動物実験では、比較的高用量のイソトレチノインで精子形成が障害される報告があります。ヒトでの用量との関係は、まだ解明されていません。
したがって、「精子を増やすためにイソトレチノインを飲む」ことは、現時点では推奨できません。 Panunzioらも、この薬は男性不妊に対しては研究段階の治療(investigational)であり、既存の治療法との比較試験も行われていない、と明記しています。
一方で、この結果には安心していただける側面もあります。ニキビの治療としてイソトレチノインを内服したこと、あるいは内服していることが、精液所見を悪化させる根拠は、統合した結果からは見当たりません。 過去に内服された経験のある男性が、そのことを理由に妊娠のしやすさを心配する必要は、現時点のデータからは乏しいと言えます。
妊娠を希望する場合、いつ内服をやめればよいか
米国CDCは、MMWR(1988年)のなかで、FDAと製造販売元が共同で作成した予防ガイドラインを次のように要約しています。
- 治療開始前に妊娠を否定する。開始の2週間以内に妊娠検査で陰性を確認し、次の正常な月経の2〜3日目から内服を始める
- 治療開始の1か月以上前から、確実な避妊を行う
- 内服を中止したあとも、1か月間は確実な避妊を続ける
つまり、妊娠を希望される場合は、最後に内服した日から1か月の避妊期間をおき、それが過ぎてから妊娠を目指すというのが基準になります。この「中止後1か月」という期間は、現在の米国FDA添付文書および妊娠予防プログラム(iPLEDGE)でも同じです。
もう一つ、混乱しやすい点を補足します。「レチノイドを飲んだら数年は妊娠できない」という情報を目にすることがありますが、これはイソトレチノインではなく、同じレチノイドでもエトレチナート(乾癬の治療薬)についての話です。同じCDCの文書でも、エトレチナートについては「治療中止後にどのくらい妊娠を避ける必要があるかは定まっていない」と、イソトレチノインとは明確に区別して記載されています。エトレチナートは体内に長くとどまり、中止から2年以上経っても血中濃度が測定された報告があるためです。イソトレチノインは体からの消失がはるかに速く、必要な待機期間も異なります。
ただし、この1か月はあくまで基準です。実際に「いつから妊娠を目指してよいか」は、最終内服日や月経周期、処方元の方針によって変わります。自己判断で決めず、必ず処方医にご確認ください。
女性・男性それぞれへのご案内
女性で、イソトレチノインを内服中または内服歴がある方へ
内服中および中止後1か月間は、確実な避妊が必要です。妊娠を計画される際には、上記の期間が経過してから治療を開始します。また、内服中および中止後1か月間は献血を控えてください(提供された血液が妊娠中の方に使われる可能性があるためです)。日本で献血できるかどうかは日本赤十字社の受入基準で判断されますので、問診の際に必ずお申し出ください。
男性で、イソトレチノインを内服中または内服歴がある方へ
現在のデータからは、内服によってお子さんの先天異常が増える、あるいは精液所見が悪化する、という根拠は示されていません。過度にご心配いただく必要はないと考えています。ただし、精液所見を改善する目的でこの薬を使うことは、有効性が確立していないため当院では行いません。ニキビの治療が必要な場合は、皮膚科の主治医とご相談ください。
不妊治療そのものについても、お薬の影響についても、ご不安を感じられること自体はごく自然なことです。「こんなことを聞いていいのだろうか」と思われる内容も、どうぞ診察の際にお聞かせください。
おわりに
当院では、これから妊娠を考えている方や不妊治療を検討されている方に向けて、一人ひとりの状況に合わせたご相談・診療を行っています。ご夫婦だけでは判断しきれない、ご自身やご家族の具体的な不安についても、診察の際にていねいにご説明させていただきます。
出典・参考文献
1) Panunzio A, Lujan S, Piccinni B, Greco F, D’Elia SD, Rizzo FL, Tafuri A. Could isotretinoin be a new therapeutic frontier for male infertility? A systematic review and meta-analysis. Int Urol Nephrol. 2026;58(8):2871-2880. doi:10.1007/s11255-026-05092-6
2) Lammer EJ, Chen DT, Hoar RM, et al. Retinoic acid embryopathy. N Engl J Med. 1985;313(14):837-841. doi:10.1056/NEJM198510033131401. PMID: 3162101
3) Centers for Disease Control and Prevention. Accutane-exposed pregnancies — California, 1999. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2000;49(2):28-31. https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm4902a2.htm
4) Centers for Disease Control and Prevention. Birth defects caused by isotretinoin — New Jersey. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 1988;37(11):171-172, 177.(避妊・休薬期間に関するFDA/製造販売元のガイドライン要約を含む) https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/00001060.htm
5) ACCUTANE (isotretinoin) capsules, prescribing information. U.S. Food and Drug Administration/DailyMed(2026年9月閲覧). https://dailymed.nlm.nih.gov/dailymed/drugInfo.cfm?setid=5b524a51-a16b-496e-b764-11c98c479c36
6) iPLEDGE REMS Prescriber Guide(米国イソトレチノイン妊娠予防プログラム). 2023年3月更新版(2026年9月閲覧). https://ipledgeprogram.com/ResourceDownloadRaw/GuideBestPractices
7) 厚生労働省. 医薬品等の個人輸入について(2026年9月閲覧). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/kojinyunyu/topics/tp010401-1.html
文責
小林 睦(torch clinic 常勤医師)
※ 本記事は2026年7月時点の情報に基づいて作成しています。
