この記事のまとめ
- 高額療養費制度の改正で不妊治療の自己負担額は一部増加が見込まれる。
- 但し、年間上限の導入により、長期化による金銭負担の増加は回避できるようになる。
- また、自治体の助成が併用できる可能性も(東京都は条件を満たせば併用可能)。
- 今回の改正は段階的で2027年8月にさらなる細分化と引き上げを予定している。
はじめに:改正が及ぼす影響を知ることの大切さ
2022年4月、不妊治療の基本的な治療(体外受精・顕微授精)が保険適用されました。それから約4年、多くの患者さんの自己負担額が軽減されています。その負担軽減をさらに下支えしてきたのが高額療養費制度です。ひと月の医療費の自己負担が一定額を超えると、超えた分が戻ってくる仕組みで、治療が続く方にとっての「家計の負担を抑える仕組み」になってきました。
2026年8月から、この制度が改正されます。ひと月あたりの自己負担上限が引き上げられ、あわせて新しく「年間上限」が設けられます。「上限が上がる=負担が増える」と心配される方も多いはずです。けれど大切なのは、改正のすべてが負担増ではない、という点です。年間上限という新しい仕組みがあり、長期に治療を続ける場合は、年間上限の導入によって負担増が抑えられるケースがあります。この記事では、改正の中身と、あなたの家計にどう影響するのかを、できるだけ具体的にお伝えします。
なぜ今、改正されるのか
医療費は年々増え続けています。高齢化が進み、医療を必要とする人が増えるなかで、制度を長く維持していくことが課題になっています。高額療養費制度も、その見直しの対象になりました。
この改正は、もともと2025年8月の実施が予定されていました。ところが、がん患者団体をはじめとする患者会からの意見や国会での議論を受けて、いったん実施が見合わされ、内容の検討が重ねられました。所得の低い方や長く療養を続ける方への配慮を強めたうえで、最終的に2026年8月からの実施が決まっています。患者団体などからの意見を踏まえて制度内容が見直されました。
改正の3つのポイント(月額上限・年間上限・多数回該当)
改正の中身は、大きく3つに分けて理解すると整理しやすくなります。ひとつずつ見ていきましょう。
ポイント1:月額自己負担上限の引き上げ
高額療養費制度では、ひと月の医療費が所得に応じた上限を超えると、超えた分が戻ってきます。2026年8月から、この上限額が引き上げられます。ご自身の所得区分でどう変わるのか、次の表で確認してみてください。
「+1%」とは、上限額を超えた医療費部分に対して、さらに1%分を自己負担する仕組みです。たとえば年収400万円の一般層の方が、ひと月に105,000円の自己負担が生じた場合、基本の上限85,800円に加えて、超過分19,200円の1%(約192円)を負担します。
では、不妊治療で実際にこの上限に届くのでしょうか。③の層(年収約370〜770万円)の方を例に考えます。採卵を伴う体外受精の保険診療の自己負担はおおよそ70,000〜180,000円程度、胚移植は20,000〜40,000円程度が目安です。
※投薬内容、回収卵子数、受精数、凍結数などにより大きく変動します。
※詳細は「治療法ごとの概算費用」をご覧ください。
治療内容によって異なりますが、③の層においては「採卵から受精・胚凍結まで行う周期」を行う月は上限額に達する可能性が高く、上限額の引き上げの影響を受けやすい、と考えられます。
ポイント2:年間上限の新設と実際の効果
改正のもうひとつの柱が、年間上限の新設です。2026年8月から翌年7月までの1年間について、自己負担額の合計に上限が設けられます。
一般層(年収約370〜770万円)では、この年間上限が厚労省案では約53万円とされています。ほかの所得区分の年間上限額は、現時点では正式に公表されていません。ご自身の区分の金額は、市区町村の窓口や、加入している健康保険(勤務先の健康保険組合など)に早めに確認することをおすすめします。
では、この年間上限は不妊治療の自己負担額にどのような影響を及ぼすのでしょうか。この仕組みが効いてくるのは、治療を繰り返すケースです。
採卵を何度も行う場合、ひと月の自己負担が上限に達する月が続くことがあります。そうして1年間の合計が年間上限に達すると、それ以降は保険診療の自己負担額については、年間上限を超えない仕組みになります。
勿論、治療の長期化は望まれるものではありませんが、少なくとも金銭面においては『保険診療では年間上限以上はかからなくなった*』ということは安心材料になり得るかもしれません。
※先進医療や文書料等の一部の費用は別途生じることがございますのでご注意ください。
ポイント3:多数回該当の維持と今後の変更予定
「多数回該当」という仕組みもあります。同じ世帯で、直近12か月のあいだに高額療養費の支給を3回以上受けると、4回目以降の上限がさらに下がる制度です。年収約200〜770万円の層では、この多数回該当のときの上限が44,400円で、2026年8月の改正でも据え置かれる見通しです。
なお、2027年8月の第2段階では、年収200万円未満の層について、多数回該当の上限が34,500円に引き下げられる予定です。所得の低い方への配慮が段階的に進められています。
保険診療と自由診療:高額療養費の適用範囲
ここで、とても大切な注意点があります。高額療養費で戻ってくる対象は、保険診療の自己負担分だけ、という点です。
対象になるもの
- 体外受精・顕微授精などの保険診療部分
- ホルモン検査・超音波検査などの診察・検査
- 排卵誘発剤などの薬剤の自己負担
対象にならないもの(全額自己負担)
- 先進医療(胚の着床前検査など、医療機関ごとに料金が異なる)
- 卵子凍結(妊娠前の卵子の保存)
- 一部の追加検査や、保険適用外の治療方法
先進医療については、少し仕組みが複雑です。保険外併用療養費という制度により、基本的な診察・検査の部分には保険が使えますが、先進医療そのものの費用は全額自己負担で、高額療養費の対象にはなりません。つまり、先進医療を受けた場合、その費用は上限の計算に含まれません。保険診療と自由診療を組み合わせて治療を受けたい方は、総額がいくらになるのか、どの部分が高額療養費の対象になるのかを、事前に医療機関へ確認しておくと安心です。
東京都の助成制度(2026年4月〜)との組み合わせ
2026年4月から、東京都の不妊治療への助成が拡充されます。これまでの助成に加えて、保険診療として受ける体外受精の自己負担部分も対象に加わりました。1回の治療につき最大15万円が、保険適用の移植回数に応じて助成されます。
これは高額療養費とは別枠の制度です。そのため、高額療養費で戻ってくる分と、東京都の助成の両方を受けられる場合があります。ただし、支給の順序や計算の方法はケースによって異なります。ご自身の場合にどうなるかは、治療を受けるクリニックと、お住まいの区市町村の窓口に確認するのが確実です。
東京都の助成の詳しい内容は、別記事「東京都の不妊治療助成拡充(2026年4月〜、保険診療の自己負担も最大15万円助成対象)」でも解説しています。あわせてご参照ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 高額療養費は自動的に戻ってくるのですか?申請が必要ですか?
A1.給付には2つの方法があります。
(1)自己負担額削減:事前にマイナ保険証を利用いただくもしくは認定証をご提示いただくと、医療機関での窓口負担額が高額療養費制度を加味した金額に減少します
(2)払い戻し:何らかの事情で窓口での給付が受けられなかった場合でも、ご所属の健康保険組合に申請いただくと払い戻しを受けることができます。
Q2. 先進医療や卵子凍結の費用は高額療養費の対象ですか?
いいえ。先進医療や卵子凍結は全額自己負担で、高額療養費の対象外です。上限の計算にも含まれません。ただし、これらと同時に受ける保険診療の自己負担部分は対象になります。
Q3. 東京都の助成と高額療養費は、どちらが先に支給されますか?
多くの自治体の助成は「事後助成」であり、支払いをした領収書と受信証明書等を添付して申請することとなります。
そのため、多くの場合は、高額療養費制度による給付額が確定した後に助成申請を行います。ただし自治体により取扱いが異なる場合があります。
詳細は健康保険組合もしくは自治体の助成窓口にご確認ください
Q4. 改正はいつから適用されますか?
2026年8月から適用されます。8月以降に受けた治療が、新しい上限の対象になります。年間上限の対象期間は、8月から翌年7月までの1年間です。
Q5. 改正を理由に、治療計画を大きく変える必要がありますか?
必須ではありません。短期の治療なら影響は限定的で、長く治療を続ける場合はむしろ年間上限による安心が加わります。まずは医学的に最適な治療計画を医師と相談することを最優先にしていただいた方が良いかと思われます。
最後に:焦らず、情報を整理してから判断を
2026年8月の改正は、「負担が一律に減る」改正ではなく、「制度の仕組みが変わる」改正です。ひと月あたりの上限は上がりますが、年間上限という新しい配慮が加わります。所得区分によって影響は異なり、とりわけ所得の低い方への配慮が強められています。
大切なのは、改正の中身を正しく理解したうえで、ご自身の治療計画や経済状況に合わせて判断することです。治療の方針は医学的に最適なものを選び、お金の不安は医療機関や健康保険の窓口で相談する。そのうえで新しい制度を上手に活用していく。そうした一歩ずつの選択が、不妊治療を前に進める助けになります。気になることがあれば、どうぞ遠慮なくご相談ください。
参考資料
本記事の数値・制度内容は、以下の公的資料および公開情報を確認して作成しています。制度の詳細や最新の確定値は、公開元および各窓口で必ずご確認ください。
- 厚生労働省 高額療養費制度を利用される皆さまへ
- 東京都福祉保健局 不妊治療費助成事業
- 全国健康保険協会(協会けんぽ)令和8年8月から高額療養費制度が見直されます
文責
事務長 秋和圭介