妊娠初期の便秘はホルモンバランスやつわり、運動不足などさまざまな要因が関係しています。
本記事では、妊娠初期に起こりやすい便秘の原因や解消法、薬の注意点などを医療機関の視点から詳しく解説します。赤ちゃんへの影響や、いつ受診すべきかの目安も紹介していますので、安心して妊娠生活を送るための参考にしてください。
妊娠中の便秘について
妊娠中は、妊娠初期だけでなく比較的多くの方が便秘を経験し、その割合は最大で4割程度にのぼるとの報告もあります1)。
妊娠中の便秘はよくみられる症状であり、基本的には胎児へ悪影響を及ぼすわけでもなく、日常生活を送る上で大きな問題を引き起こすことは少ないです。
ただ、長期間続くと、食欲の低下やおなかの張り、痔が悪化するなどの症状が現れ、生活の質が低下してしまうことがあります。また、過度にいきむことで腹圧がかかり、切迫早産の誘因となったり、便による子宮への圧迫などでおなかが張りやすくなったりする可能性があります。そのため、便秘が原因で妊娠生活がつらく感じられる前に、しっかりと対策を講じることが大切です。
また、ただの便秘でなく重大な疾患につながっている可能性もまれにあるため、担当の医師とも症状を共有しながら妊娠期間を過ごすようにしましょう。
そもそも便秘とは?何日でないと便秘?
そもそも便秘とはどういう症状を指すのでしょうか。
一般的に3日以上排便がなく、おなかの張り、腹痛やガスが溜まる、不快感や嘔吐などの症状があると便秘が疑われます。
症状や感じ方には個人差もありますが、便通異常症診療ガイドライン2023では「本来排泄すべき糞尿が大腸内に滞ることによる兎糞状便・硬便、排便回数の減少や、糞便を快適に排泄できないことによる過度な怒責、残便感、直腸肛門の閉塞感、排便困難感を認める状態」と定義されています2)。
便秘の原因は食物繊維や水分の不足、ストレスなどがあります。
妊娠初期に便秘を引き起こす原因
便の量や回数には個人差があり、妊娠初期は特に体調の変化が大きいため、これまで毎日出ていた便が2日に1回になっただけでも苦痛を感じるケースもあります。
妊娠初期に便秘が起こりやすい背景には、以下のような要因があります。
ホルモンバランスの影響
妊娠初期には黄体ホルモン(プロゲステロン)の分泌が増加します。プロゲステロンは子宮を安定させる働きがありますが、同時に腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)を抑制する作用も持っています。そのため、腸の動きが鈍くなり、便がスムーズに移動しづらくなることで便秘が起こりやすくなります。
つわりによる影響
つわりによって食事が偏ったり、気持ち悪さや吐き気などの症状のせいで食事の量や水分摂取量が減少すると、便を柔らかく保つために必要な水分や食物繊維の摂取量が不足し、便秘を引き起こしやすくなります。
食物繊維を多く含む食品(野菜や海藻類、きのこ類等)や発酵食品の摂取によって便秘が改善することもありますが、思うように食事がとれない場合は、妊娠中でも使用できる便秘の薬がありますので、かかりつけの医師に相談しましょう。
運動不足による影響
妊娠初期は体がだるかったり、つわりで動きたくなくなったりするため、活動量が減少しがちです。運動量が減ると腸への刺激も少なくなり、腸の蠕動運動が低下して便秘を助長します。
現在は妊娠中の有酸素運動は有益とされており3)、医師とも相談した上で妊娠中に運動を取り入れると良いでしょう。
ちなみに、妊娠中の好ましいスポーツや好ましくないスポーツ、危険なスポーツとして以下のようなものがあります。
出典:日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会.産婦人科診療ガイドライン―産科編2023.日本産科婦人科学会ウェブサイト
https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2023.pdf
注意点として、有酸素運動であっても仰臥位(仰向けで寝た状態)を保持したり、不動のまま長時間立位を保ったりする(同じ状態で立ち続ける)ような姿勢は避けることが望ましいとされています。
また、重篤な心疾患、呼吸器疾患、頸管無力症、持続する性器出血、前置胎盤、低置胎盤、前期破水、切迫流・早産、妊娠高血圧症候群などは、妊娠中の運動は禁忌(運動できない)とされています。
その他にも、運動に適さない場合や、いつから運動を始めるか専門的な判断が必要になる場合もあるため、必ず医師と相談しながら開始するようにしましょう。
ストレスやメンタルの影響
妊娠中はホルモンバランスの変化だけでなく、出産や育児への不安など、精神的なストレスも増えやすい時期です。
ストレスを強く感じると自律神経のバランスが乱れてしまいます。妊娠中に限ったことではないですが、自律神経のバランスが乱れると腸の動きが鈍くなり、便秘につながる可能性があります。
適切な休息やリラクゼーション法、医師の指導のもとでストレスを管理することが大切です。
妊娠初期の便秘解消法
妊娠初期の便秘を解消するためには、まず原因を正しく把握し、生活習慣を整えることが重要です。以下で、医療機関でよく勧められる便秘解消のための対策や注意点をまとめました。
医師への相談
妊娠初期に便秘が続く場合、まずは妊婦検診の時に医師に相談しましょう。必要に応じて薬を処方してもらえるので便秘の解消に効果的です。
また、便秘が長期間続く場合、他の疾患が隠れている場合もあるので、必ず伝えましょう。
妊娠初期は体調の変化が大きい時期なので、気になる症状がある場合は早めに受診することが大切です。
比較的よく使われる酸化マグネシウム
妊娠中の便秘に対しては、酸化マグネシウム(製品名:マグミット、酸化マグネシウム等)がよく用いられます。
酸化マグネシウムは腸内に水分を引き込む働きをし、便を軟らかくしたり便のかさを増やしたりすることで腸の動きが促進し、便秘の解消に役立ちます。また、胃酸などの消化液と反応し中和反応を示すので、胃の不快感や胸やけ等を消失させる働きもあります。
酸化マグネシウムは刺激が強くなく、一般的に安全性が高いとされていますが、妊娠中に使用する際は必ず医師の処方または指示を受けてください。
大腸刺激性の便秘薬は注意
便秘薬の中には、ピコスルファート(製品名:ラキソベロン等)、 センナ、センノサイド(製品名:アローゼン、プルゼニド等)等といった大腸を直接刺激して排便を促す種類もあります。
これらは即効性がある反面、腸に強い刺激を与える可能性があり、妊娠中の使用には注意が必要です。特に センナ、センノサイドは子宮収縮の可能性があり妊娠中は原則で禁忌となります。
手元に薬があっても自己判断で使用せず、必ず医師に相談しましょう。
漢方薬の使用も要注意
漢方薬の中には便秘改善に用いられるものもあります。代表的な漢方薬として、大黄甘草湯や麻子仁丸などが有名ですが、これらも妊娠中に安全とは限りません。
大黄などの成分を含む漢方薬では、薬の説明書である添付文書に「流早産の危険性があるので妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい」と記載されています。
妊婦への処方実績が多い漢方薬もある一方、体質や妊娠週数によっては避けたほうがよい場合もありますので、必ず産婦人科医や漢方に精通した医師に相談してください。
つわりが原因の場合は吐き気止めが処方されることも
つわりが強くて食事や水分摂取が十分に行えない場合、便秘だけでなく体重減少や脱水のリスクが高まります。そのため、医師が必要と判断すれば、吐き気止めの薬が処方される場合もあります。つわりの改善により食事や水分が摂取しやすくなると、便秘の症状も軽減することが多いからです。
妊娠中でも使用できる吐き気止めの代表例は、メトクロプラミド(製品名:プリンペラン)などがあります。メトクロプラミドは腸管蠕動を促す作用があるため、便秘にも効果的です。また、最近の研究では妊娠中は使用できない(妊婦禁忌)とされていたドンペリドン(製品名:ナウゼリン)も影響がないことが報告されています。
ただし、これらも自己判断では使用せず、必ず医師に相談して処方してもらいましょう。
排便習慣をつける
毎日一定のタイミングでトイレに行く「排便習慣」を身につけましょう。朝食後など、腸が動きやすい時間帯にトイレに座る習慣をつけましょう。
便意の有無にかかわらず、数分間はトイレに座ってみてください。腸が刺激され、排便がスムーズになることがあります。
便意がある時は我慢せずすぐに排便することが望ましく、規則正しい生活リズムや適度な運動も腸の動きを促進し、快適な排便をサポートします。便意があるときは我慢せずに早く排便することも大切です。
食生活を見直す
食生活を見直すことでも便秘解消につながることがあります。医師と相談したり、体調をみながら以下のような食品を摂取することを意識してみましょう。
- 食物繊維の摂取
野菜や果物、海藻、きのこ類、豆類などを積極的に摂りましょう。食物繊維は便のかさを増やしたり、便を柔らかくする作用があり、腸の動きを促進します。
食物繊維が多く含まれるおすすめの食品は、玄米、納豆、おから、ごぼう、さつまいも、こんにゃく、バナナ、みかん、海藻、きのこ類などです。
- 乳酸菌の摂取
乳酸菌は腸内環境を整え、腸の運動を促進する働きがあります。ヨーグルト、チーズ、ぬか漬けなどの発酵食品や、乳酸菌飲料に多く含まれています。
- 水分補給
十分な水分摂取は便を柔らかくし、排出をスムーズにします。1日1L以上は飲むように心がけましょう。
- バランスの良い食事
妊娠初期はつわりなどで偏食になりがちですが、主食、副菜、主菜、牛乳・乳製品、果物を組み合わせて、バランスよく食事をするようにしましょう。
適度な運動を行う
妊娠中は体調が許す範囲で軽い運動を取り入れると、血流を促進し、腸への刺激が増えて便秘の改善が期待できます。また、ストレス解消にもつながります。
前述の通り、妊娠中はウォーキングや、ストレッチなどの軽い有酸素運動がおすすめです。サッカーやレスリングなど接触の危険性があるスポーツや、スキーやスケート等の転ぶ可能性のあるスポーツは控えましょう。
また、妊娠初期の運動は無理をしないことが最優先です。軽い運動であっても、たちくらみや頭痛、腹痛など、違和感を感じたらすぐに医師に相談してください。自分の体力や体調に合わせた運動を行いましょう。
腹部のマッサージは必ず医師に相談を
一般的な便秘解消対策として腹部をマッサージする方法がありますが、妊娠初期における腹部マッサージについては、子宮収縮や胎盤への影響を懸念し避けることが推奨される場合もあります。しかし、これに関して明確な医学的根拠や証拠が示されていないとの報告もあります3)。
マッサージの実施に際しては妊娠週数や胎児の状態を踏まえて医師の判断が変わる可能性もあるので、この点も自己判断せず、必ず担当医師に相談するようにしてください。
妊娠初期の便秘に市販薬を使用する場合の注意点
妊娠中は市販薬の使用にも慎重になる必要があります。便秘薬に限らず、妊婦への安全性が確立されていない成分を含む薬も存在します。
酸化マグネシウムを成分とする製品(マグミットKなど)は市販薬としても販売されており、前述のとおり妊娠中でも安全性は高いとされていますが、なるべく自己判断での使用は避けるのが安心です。
坐薬タイプの製品では、炭酸水素ナトリウムと無水リン酸二水素ナトリウムを成分とする製品(コーラック坐薬や新レシカルボン坐剤Sなど)や、ビサコジルを成分とする製品(ベンツナール坐薬やラックスタイマー坐薬など)があります。特にビサコジルを成分とする製品は、「流早産の危険性があるので使用しないことが望ましい」とされているため、自己判断での使用は避けるようにしましょう。
便秘薬に限らず、妊娠中に市販薬を購入する場合は必ず医師や薬剤師に相談し、妊娠中に使用しても問題ないかを確認しましょう。
妊娠初期の便秘は赤ちゃんに影響があるか
便秘そのものが赤ちゃんに悪影響を与えたり流産などの重大な事象につながる心配はありません。ただし、便秘によって過度にいきむことで腹圧がかかり、切迫早産の誘因となったり、子宮への圧迫などでおなかが張りやすくなったりする可能性があります。
極端に力をかけたりすることはなるべく避けて、便秘がひどくならないように前述したような生活習慣の見直しや、担当医師に相談するなどして、対策しましょう。
妊娠初期の便秘で注意したほうが良い場合は?
妊娠初期の便秘は、生活習慣の改善や軽度の薬物療法などで多くの場合対処可能です。
しかし、以下のような症状がある場合は、他の疾患が隠れている可能性もありますので、念のため医師の診察を受けることをおすすめします。
排便時の痛みや出血が続く場合
排便時の痛みや出血は、痔の症状であることが多いです。痔は便秘が原因でできてしまう可能性があります。便秘により便が固くなると排便時に肛門を傷つけやすくなり、いわゆる切れ痔ができます。また、強くいきむことで肛門周囲に強い圧力がかかり、いぼ痔ができてしまいます。
痔が引き起こす主な症状としては、排便時の痛みや出血があり、これにより生活の質が低下することもあります。ただし、出血が続く場合は大腸がんや潰瘍など、他の消化器系の疾患による症状の可能性もあります。
肛門からの出血を痔と勘違いして放置してしまい、直腸や肛門に進行がんとしてみつかる場合もありますので、痛みや出血が続く場合は自己判断せず早めに専門病院を受診し、検査を受けましょう。
便秘と下痢を繰り返す場合
便秘と同様に下痢も妊娠初期で見られることがある症状のひとつであり、通常は大きな心配はいりません。しかし、便秘と下痢を複数回繰り返す場合や、激しい腹痛を伴う場合は、過敏性腸症候群や潰瘍性大腸炎のような腸の炎症などが起きていたり、感染症などの別の疾患が隠れていたりすることがあります。
妊娠中は免疫力が変化し、腸内環境も不安定になりやすい時期です。異常を感じたら自己判断せずに医師に相談してください。
おわりに
参考文献
1)Vazquez JC. Constipation, haemorrhoids, and heartburn in pregnancy. Clin Evid (Online). 2010;2010:1411.
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3217736/pdf/2010-1411.pdf
2)日本消化管学会. 便通異常症診療ガイドライン2023. 日本医療機能評価機構
https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00812/
3)Fogarty S, Werner R, James JL. Applying scientific rationale to the current perceptions and explanations of massage and miscarriage in the first trimester. Int J Ther Massage Bodywork. 2023;16(1):30–43.
https://ijtmb.org/index.php/ijtmb/article/view/771
4)日本産科婦人科学会. 産婦人科診療ガイドライン-産科編2023. 日本産科婦人科学会ウェブサイト
https://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2023.pdf